暮れの押し迫った12月29日、大掃除に勤しんでいた筆者のもとに、突然の電話がかかってきた。それは友人の息子さんからのもので、昨夜、父が亡くなったという知らせだった。突然の訃報に、何を話したかさえ覚えていないほど動揺した。ただ、黙々と掃除を続けながら、友人との長い日々を思い出していた。
離島でのライバル関係から始まった絆
彼とは、離島の小さな小学校でライバルとして過ごした。卒業後、彼は本土の中学に進学し、筆者は転校を繰り返したため、以来音信不通となってしまった。しかし、運命は7年後に再び二人を結びつける。大学の食堂で、目の前に座った学生がじっと筆者を見つめているのに気づいた瞬間、二人は同時に「あっ!」と声を上げた。そこには、小学校時代のライバル、N君の姿があった。
難関突破と大学での再会
お互いが難関を突破し、同じ大学で再会を果たしたことで、二人の友情は新たな段階へと進んだ。以来、付き合いは長く続き、互いの人生を支え合う存在となった。N君は定年を前に故郷の島に帰り、第二の人生を島の発展に捧げることを誓った。
60歳での同窓会と絆の深化
60歳のとき、N君が島で同窓会を開いてくれた。集まったのはわずか8人だったが、魚とりや野山を駆け回って遊んだ日々の話に花が咲き、話題は尽きることがなかった。10年後、70歳での同窓会では出席者が4人に減り、話題は老後や病気の話へと移っていった。
80歳での再会を約束して
それでも、80歳には元気でまた再会しようと、二人は固く握手して別れた。しかし、80歳を迎えられたのはN君と筆者の2人だけだった。筆者は年賀状に「春になったら大学の学食で2人同窓会を開こう」と書き、12月25日に投函した。
最後の同窓会と校歌に込めた思い
大掃除が終わり、仏壇の前に座る筆者。最後の同窓会を思い、自然と校歌を口ずさんだ。それは、離島での幼少期から大学での再会、そして生涯にわたる友情を象徴する瞬間だった。竹之下和幸(81歳)は、千葉県我孫子市からこの思い出を綴り、絆の尊さを静かに伝えている。



