文士の衝撃的な飛び降り自殺と金ボタンの深い葛藤
金ボタンは何も言えなかった。文士はふっと金ボタンに目を向け、重い言葉を投げかけた。
「君の行く末が心配だ。身ひとつで家を出て、機知と洗練された振る舞いを獲得した逞しい君がどんな思想を持つようになるのか、なにを拠りどころにして生きていくのか、どんな大人になるのか。私は楽しみだったが、もう見られない」
金ボタンは反論した。「俺はもう大人だよ。もうすぐ二十歳だ」
しかし、文士は目を伏せて否定する。「いや、まだだよ。私は小さな友人を地獄に置いていくんだ」
行け、というように文士は酒瓶を振った。金ボタンは踵を返し、扉を閉めた。その時、祈りのような言葉が聞こえた気がした。階段を早足で降りて建物を出ると、路地の向こうから若い兵士たちが近づいてくるのが見えた。
文士の決断と金ボタンの無力感
金ボタンは立ち止まった。勝算のないまま、彼らの足を止めようかと考えた。一瞬だけでいい。その一瞬の抵抗を見せることで、文士が逃げる気になってくれることを期待したのだ。
頭上を振り返ろうとした時、金ボタンの足元に液体が散った。強い酒の匂いが立ち込める。
「みなさん、お気をつけて。どうか避けてください」
声が降ってきた。次の瞬間、地面に衝撃が走った。重いものが潰れる鈍い音が響き、金ボタンが恐る恐る見ると、文士が石畳に転がっていた。ぴくりとも動かない。頭はひしゃげ、脚もおかしな方向に捻れている。敷石の隙間を赤黒い血がゆっくりと流れだす。兵士が駆け寄ってくる。金ボタンは目を合わせないようにして、なんとか歩き去った。
喪失感と自問自答の連鎖
わからない、わからない、と半ば走るように進みながら金ボタンは思った。魂を失った、と文士は言った。だから、飛び降りて死んだのか。街が、国が、彼にとっての魂であり、命だったのだろうか。違う。文士から命を奪ったのはもっと違う喪失だ。
俺も失ったのだろうか。何か、命にも等しいものを。
金ボタンはオーナーの家に戻ると、ホテルに帰る旨を総支配人に伝えてもらうよう女中に頼み、徒歩で街を出た。この決断は、新たな旅立ちを意味していた。



