惣十郎浮世始末 第219回 仕事の継承と独自の道を描く江戸の役人たち
連載小説「惣十郎浮世始末 巻之二」の第219回が公開された。江戸時代を舞台にした物語で、今回は主人公の惣十郎が仕事の継承について語る場面が中心となっている。
父から教わらなかった仕事のやり方
佐吉が「旦那のお父上も廻方だったんですよね。お父上から引き継いだやり方じゃあないんですか」としつこく尋ねる。これに対し、惣十郎は「親父は検屍にさほど力を入れなかったんじゃねぇかな」と答える。さらに、父がどのように勤めていたかほとんど知らないと明かす。惣十郎が廻方になる前に父は亡くなり、家では役目の話は一切しなかったという。
佐吉が「お役目のいろははお伝えになるでしょう」と迫ると、惣十郎は「それもなかったよ。廻方の仕事は、むしろ悠木様に教わったからな」と語る。ここで、惣十郎の父の考えが浮かび上がる。仕事のやり方は親から教わるものではないという信念だ。
親を軸にしない仕事への姿勢
惣十郎の父は、親の教えに忠実であっても、反対に意地尽くで親とは違うやり方を見付けんとしても、親を軸に仕事に臨むことには変わりがないと考えていた。親子とはいえ別の人格である。ならば、まっさらな己のままで役目をこなし、そこで出会ったさまざまな人物や事柄から学ぶのが一番だと言い、仕事の理念も奥義も語らなかった。
完治にはこの姿勢が見事に思えたが、佐吉は「それじゃあせっかくの世襲の意味がないようですよ。一から自分で仕事を覚えなきゃならないなんて」と顔をしかめる。世襲制度の中で、独自の道を歩むことの意義について問いかける場面だ。
父から受け継いだ唯一のやり方
しかし、惣十郎は「ただひとつだけ、親父から受け継いだやり方があるんだよ」と語り始める。佐吉が首を前に突き出して聞き入ると、惣十郎はいたずらっぽい顔で説明する。
「小者や御用聞きを、利口者だけで固めねぇことだ。親父はさ、小者に利口者を置いて、御用聞きに詰めが甘ぇ者を用いてた。もう逝っちまったが、康三ってぇ御用聞きでさ、実に心根のいい優しい人だったよ。顔は怖ぇんだけどよ」
惣十郎は自分の左目まぶたを指し示し、「ここに大きな傷があってさ」と続ける。この言葉に、完治は叫びそうになった喉を慌てて押さえ込む。――そうか、あの同心は……。内心で何かを悟る様子が描かれる。
父とは逆の配置を選んだ理由
佐吉が「それじゃお父上と同じように、旦那も小者と御用聞きを置いたんですな」と勝ち誇ったような顔で完治を睥睨する。しかし、惣十郎は「いや、俺ぁその配置は逆にした」と答える。
この答えを受け取り、佐吉はしばし目玉を上に向けて考えているふうだったが、やがて「そりゃないですよ、旦那」と頰を膨らませる。惣十郎は大きく笑い、またゆるゆると歩き出す。その背中を完治は、安住できる砦を見付けたような心持ちで眺めている。
物語は、仕事の継承と独自性のバランス、そして人間関係の機微を描きながら、江戸の役人社会の深層に迫る。惣十郎の選択が、今後の展開にどのような影響を与えるかが注目される。