スモーキングルーム第151回:秘密の部屋と去りゆく人々の物語
スモーキングルーム第151回:秘密と別れの物語

ホテルに潜む秘密と去りゆく人々の物語

「煙」と総支配人が身を屈めた。黙っていろ、というように老人は片手で遮った。その仕草には、長年の権威と深い思惑がにじみ出ていた。

株取引と隠された血縁

「針金には世話になったからな。私はあいつが読んだ通りに株を買えば良かった。まったく大した奴だよ。ホテル客の会話や懐具合から市場分析をしていた。あいつを使ってもう一儲けしたいと言えば満足かな」

煙は微笑みを崩さずに続けた。その表情には、ホテルで長年培われた従順さと、どこか冷めた観察眼が同居している。

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「ここには公爵家の肖像画がたくさん残っています。貴方によく似た顔立ちの方がおりました。最後の公爵様です。噂の隠し子は貴方ですね」

老人は片頰で笑んだ。その笑みには、秘密が暴かれたことへのある種の誇りと、複雑な感情が込められていた。

「古い屋敷に秘密はつきものだ」

「はい、おっしゃる通りです」と煙は丁寧に答えた。

「針金が見つかったら秘密の部屋に匿え」と老人は命じた。

「わかりました」と煙は再び微笑んだ。その返事には、どんな命令にも従うというホテル従業員としての確固たる姿勢が感じられた。

変わりゆくホテルの風景

「そうだ」と老人が遠くを見るような目をした。「あいつの笑った顔を見たことがあるか」

「ええ、もちろん」と煙が答えると、老人はふん、と鼻で笑い「戻る」と総支配人を見た。

「相変わらずせっかちですね。懐かしい場所を少しご覧になってはいかがです」と総支配人は苦笑したが、「懐かしむ時間なんぞない」と一喝された。

ホテルの客は減り続けていた。常連の文化人や政治家たちは他国の支援者の力を借りて亡命していった。煙を可愛がっていた老医師も国外へと逃れた。最後の手紙は彼の娘がホテルまで届けにきてくれた。煙はその手紙を大事そうに読み、地下の遺失物の部屋へと持っていった。

料理長の最後の贈り物

料理長をはじめとした外国籍を持つ従業員もホテルを去っていった。料理長は最後まで残り、厨房のスタッフに細かくレシピを教え込んだ。

「最後に俺の国の林檎パイを作ってやるよ」と宣言し、黄金色に輝く厚いパイを何台も焼き上げた。休憩室のテーブルには、それらのパイがずらりと並べられた。部屋中がバターと熱い林檎の甘い匂いで満たされた。

金ボタンには丸々一台が与えられた。ごろごろとした角切りの林檎が入った大ぶりのパイは甘酸っぱく、金ボタンは「食えるか、こんなに」と文句を言いながら洟をすすった。

林檎パイを頰張る金ボタンの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、料理長は泣いた。その涙には、長年共に過ごした仲間との別れの悲しみと、このホテルで過ごした日々への愛着が込められていた。

ホテルは静かに変容していた。去りゆく人々、残される人々、そしてそのすべてを見守るように存在する秘密の部屋。それぞれの人生が交錯する空間で、新たな物語が紡がれようとしていた。

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