震災15年目の3月11日に卒業祝い赤飯が廃棄 市長と教育長の対応評価に隔たり
福島県いわき市の市立中学校において、卒業生を祝う恒例の給食赤飯が、東日本大震災発生から15年となる3月11日と日程が重なったため、急きょ取りやめとなり約2100食が廃棄処分となった問題で、内田広之市長と服部樹理教育長が16日、記者会見を実施しました。この問題は、震災追悼と卒業祝賀の微妙なバランスをどう考えるかという難しい課題を含んでおり、市のトップと教育委員会の責任者との間で対応評価に明確な違いが見られる場面もありました。
「震災の日に赤飯はいかがなものか」の一通の電話が引き金に
市内に7カ所ある学校給食共同調理場のうち、5校分を担当する小名浜の調理場が卒業祝いとして赤飯を準備していました。しかし、そのうちの1校に当日の午前中、「震災のあった日に赤飯を出すのはいかがなものか」などとする電話連絡が入りました。この報告を受けた市教育委員会は緊急対応を決定。主食を缶詰パンに変更し、既に調理済みだった赤飯約2100食の廃棄を決断したのです。いわき市では、東日本大震災による津波などで約470名の尊い命が失われています。
市長「祝う意味で問題なかった」 教育長「沿岸部配食に違和感」
記者会見において、内田広之市長は次のように述べました。「犠牲者を追悼し、大変な状況の中で子どもを育て上げた保護者に感謝するのであれば、震災を乗り越えて成長してきた子どもたちの門出を祝う意味で、赤飯を提供しても問題はなかったと考えます」。これに対し、服部樹理教育長は判断理由を次のように説明しました。「甚大な被害を受けた沿岸部の学校に配食するものとして、非常に強い違和感を覚え、ふさわしくないと判断しました。一本でもそうした意見の電話があった以上、何とか対応したいと考えたのです」。
廃棄対応を巡る見解の相違も鮮明に
既に調理された大量の赤飯を廃棄したことについても、両者の見解は分かれました。内田市長は「学校給食は食育の重要な場です。理解されない廃棄は残念です。現場の判断で、例えば職員が持ち帰るなどの対応も考えられたのではないでしょうか」と指摘しました。一方、服部教育長は「クラスごとの食缶に分けて配送が完了しており、調理工程を離れた食品は、食中毒予防などの衛生管理上、現実的には他の用途に回すことは困難でした」と現実的な制約を強調しました。
事前チェック体制の見直しでは一致 卒業生への謝罪も
両者が一致したのは、事前の確認プロセスに関する課題認識でした。一カ月分の給食献立は前月末までに決定され、保護者や市教育委員会にも配布されています。会見で両者は「事前にこの日程の重なりを把握できていれば、日にちを変更することも可能でした。チェック体制を見直す必要があります。卒業生の皆さんには本当に申し訳なく思っています」と述べ、改善に向けた姿勢を示しました。
小名浜の調理場では、長年にわたり卒業生への最後の給食として赤飯を提供してきた伝統があります。他の調理場でも、卒業を祝うため3月11日に「お祝いデザート」やチョコパンなどを特別に提供していました。この問題は、震災の記憶をどう継承し、節目の行事をどう位置づけるかという、復興の過程にある地域社会が直面する複雑な課題を浮き彫りにしています。



