戦争の日常が変えた言葉の意味、そしてスポーツに込めた決意
爆撃から窓ガラスを守るために貼られたテープが「星」に見え、避難の邪魔とされた「猫」はかつての家族の一員だった。爆発音の後に立ち上る「キノコ」のような雲、そして身元不明の遺体の墓標代わりに首にかけられた「ナンバープレート」――。ウクライナの詩人オスタップ・スリヴィンスキー氏の証言集『戦争 語彙集』は、日常の言葉が戦争の中で異なる意味を帯びる社会の断面を突きつける。ロシアによるウクライナ侵略が始まってから4年、言葉の「ゆがみ」は解消する気配を見せない。
「ウクライナ人はここにいる」 異例のスタートで始まった演技
2026年2月7日、群馬県高崎市の高崎アリーナで開催された「第10回高崎シルクカップ」の休憩時間。ウクライナ新体操代表の団体メンバー5人が、国名のコールを合図にフロアへ進み出た。彼女たちは中央を通り過ぎ、審判席にぎりぎりまで近づいたライン際で一塊になって立ち止まるという異例のスタイルで演技を開始。眠りから覚めたように首を回した後、全員が一糸乱れぬタイミングで正面をにらみつけ、後ずさりでフロア中央へ移動して本格的な連続技へと移った。
エキシビションにもかかわらず、メンバーの眼光に圧倒された観客席の空気は張り詰めた。代表チームのヘッドコーチ、イリーナ・デルギナさんは「公の場で初めて発表しました。まだ改善の必要がありますが、表現したいのは『ウクライナ人は、ここにいる』との思いです」と冒頭の振り付けの意図を説明した。
寒さと恐怖の中で続ける練習、そして「勝つこと」への執念
ウクライナ代表のエース、タイシア・オノフリチュク選手は語る。「ウクライナは今も戦争の真っただ中にあります。それは自分たちの自由を勝ち取るため。私たちも、競技会へ出始めたロシア国籍の相手に負けてはならない。見ている方々が『鳥肌が立つ』ぐらい、演技で強い意思を示したいのです」。
怒りや憎しみを混ぜ合わせたエネルギーは、スポーツマンシップの観点では「ゆがんでいる」かもしれない。しかし、「キーウの冬は家の室温が5度ぐらい。寒くて眠れない」「いったん寝ても、ミサイルの飛行音や爆発音がよみがえり、すぐ起きてしまう。常に疲れ切った状態で、毎日の練習が始まります」と訴える選手たちを説き伏せる言葉は、日本で暮らす私たちの「語彙集」には載っていない。
占領下の故郷を思い、高崎で得た「家族」のような絆
ディアナ・バイエワ選手は東部ドネツク州マキイウカ出身。「自宅の近くに美しく大きな公園があった」ふるさとは長くロシアの占領下にあり、「街から出られなくなった市民に、諦めの色が浮かんでいると聞きました。『ここはウクライナじゃなくなるんだ』って」と語る。
スポーツは人類に平和をもたらすのか――。その問いに対する彼女たちの答えは「とにかく私たちが勝つことです」。「ロシアやベラルーシの選手と同じ大会に出たとき、『私たちが上なんだ』『あなたは私たちに及ばない』と知らしめなきゃならない。小さな勝利も、積み重ねれば大きな価値を持つと思います」。
選手団の高崎市訪問は今回で5度目。選手20人を含む計33人は、1月中旬から1か月間、高崎アリーナを練習拠点にトレーニング漬けの日々を送った。高崎市は渡航費の負担、宿泊施設や食事の提供など受け入れ態勢を整えており、世界的な「支援疲れ」がささやかれる中でも、そのサポートは緩みを感じさせない。
平和の祭典の裏側で突きつけられる現実
イタリア開催のミラノ・コルティナ冬季五輪は現地時間2月22日に閉会したが、その余韻もパラリンピックへの期待も、戦争の惨状を伝えるニュースにのみ込まれている。国際パラリンピック委員会(IPC)がロシアとベラルーシに対し、国の代表選手としての冬季パラ参加を認めたことに反発し、ウクライナ選手は開会式をボイコットする見通しだ。
五輪やパラリンピックで繰り返される「平和の祭典」という決まり文句。しかし、移動用バスに乗り込む新体操選手団の背中を思い返しながら、「平和の――」とつぶやいてみると、どこか空虚でいびつな現実が突きつけられる。バイエワ選手が好きな母国のことわざを口にした。「どこも良いところだが、一番いいのは我が家――」。
「高崎の方々はもちろんですし、欧州の遠征先で出会う方々も本当に親切に接してくれます。でも、たとえミサイルが飛んでくる場所であってもウクライナが恋しくて、ふと涙が止まらなくなるんです」。笑顔と涙の間で揺れる21歳の表情が、戦争の残酷さと平和への切実な願いを物語っていた。



