岩本啓吾選手、地元・飛騨市訪問「まずは次を目指して4年間は続ける」と決意
岩本啓吾選手、地元飛騨市訪問「まずは次を目指して4年間は続ける」

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックのノルディックスキー距離立位に出場した岩本啓吾選手(30)が4月30日、地元である岐阜県飛騨市役所を訪れ、都竹淳也市長に自身4度目となったパラリンピックの結果を報告した。岩本選手は「まずは次(フランス大会)を目指して4年間は続ける」と力強く決意を述べた。

大会結果と受賞

今大会では、個人のスプリントクラシカルで24位、10キロクラシカルで19位、20キロフリーで24位と健闘。混合10キロリレーでは8位となり、前回の北京大会に続いて入賞を果たした。また、スポーツや文化で顕著な成果を上げた県ゆかりの人をたたえる「県文化・スポーツ栄誉賞」の受賞も決まっている。

出場決定の経緯

岩本選手は、日本選手団の結団式が終わった後の代表選出について「自分も(パラに)行くとは思っていなかった」と心境を明かした。勤務先から電車に乗ろうとしたところで電話により選考結果を告げられたといい、「準備だけはしていたが、バタバタだった」と振り返った。

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現地での苦労

現地では、気温が高くて雪が解けたコースに苦しんだ。「30分で気温が変わり、ザクザクになっていた。今までで一番走りづらいコースだった」と回顧。同席した下出尚弘教育長から地元の子どもたちへのメッセージを求められると、「本気になれることは最後まで諦めないでほしい。遊びの場合は楽しさを忘れないで」と語りかけた。

岩本選手の背景

岩本選手は標高千メートル近い山之村地区出身で、脳性まひにより生まれつき手足に障害がある。山之村小中学校に入学した6歳でスキーを始め、飛騨神岡高校1年生の時にパラ競技に挑戦。3年生で県勢初の冬季パラ出場者としてソチ大会の舞台に立ち、今回で4大会連続出場を果たした。

インタビュー内容

岩本選手は30日、報道各社のインタビューに応じ、以下のように語った。

  • 今大会の4種目を振り返って:個人では前回より順位を落としてしまったが、混合リレーは自分の力だけでなく、チームメートやコーチのおかげで入賞できてとてもうれしい。4大会連続出場というのも光栄に思う。
  • 出場決定の知らせを受けたときの心境:まさか選ばれると思っていなかったので「マジか」というのが一番。「行くか、行かないか」と聞かれ、行かない選択肢はなく、出国までの10日間でできることをやろうと思った。
  • 今大会に向けたトレーニング:年齢もあって体力が落ちてくることもあり、維持したいと思ってきた。(コースの)雪が解けていくのは分かっていたので対策していたが、思った以上にザクザクになって掘れてしまう感じで対応できなかった。
  • 地元からの応援:バタバタで前みたいに集まってという感じではなかったが、ラインやメッセージをくれる人もいて「頑張ろう」って思えた。とても励みになった。

4年後に向けて

「チームも新体制になってくるので、そこにはまるようにうまくやりたい。コースはザクザクの雪がメインになってくると思うので冬を中心に対策し、夏は体力をつけていきたい」と語った。

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