震災で父を失った少年がJリーガーに、カズと共に被災地に勇気を届ける
プロサッカー選手になる――。東日本大震災で父親を亡くした当時小学1年生の少年が、今、親子で夢見たJリーグの舞台に立っている。原発事故の影響が残る福島県を本拠地とするJ3福島ユナイテッドFCに加入したFW村上力己選手(22歳)だ。「ゴールをたくさん決める」。震災と度重なるけがを乗り越えた不屈の闘志で、被災地に勇気を届ける。
震災の記憶と家族の支え
あの日、村上選手は岩手県陸前高田市の小学校で大きな揺れに襲われた。母親が迎えに来た直後、茶色い壁のような津波が迫り、4歳上の兄とともに走って高台へ避難した。しかし、父・芳郎さん(当時49歳)は、勤務先の酒造会社を出て家族の安否確認に自宅へ戻った後、避難途中で津波にのまれたという。約1か月後、遺体安置所で母が対面した。「現実を受け入れるしかなかった」と村上選手は振り返る。
地元の社会人チームに所属した芳郎さんと2人の兄もプレーする「サッカー一家」だった。村上選手も5歳の頃からボールを追いかけ、仮設住宅での暮らしを経て、中学生になると地元を離れ盛岡市のクラブに入団。福島県の尚志高校では全国大会に出場した。
けがとの闘いと家族の励まし
しかし、関東1部リーグの強豪・東洋大学に進学後、再び困難に直面する。2年生の秋に右足首の靱帯を断裂。その後もけがを繰り返し、「一般企業に就職するべきか」と迷いが生じた。そんな時、挑戦を支えたのが家族だった。長兄の真聖さん(28歳)は「今しかできないサッカーをやりきれ」と背中を押してくれた。中学時代、盛岡へ一緒に移り住み生活面を全力でサポートしてくれた母の姿も頭に浮かんだ。芳郎さんは生前、「力己をプロにする」と友人に夢を語っていた。「ここでやめるわけにはいかない」と村上選手は奮起した。
3年生時には全日本大学選手権で優勝、4年生時は自らのゴールでJ1チームを破り天皇杯16強入りを果たすなど結果を示した。しかし、なかなかオファーは届かず、「祈る気持ち」で待っていた昨年12月、ついに携帯電話が鳴った。福島ユナイテッドFCからの呼びかけだった。
カズとの出会いと被災地への思い
同じ頃、サッカー界のレジェンドで「カズ」こと元日本代表FW三浦知良選手(59歳)の加入が決まった。三浦選手は「力己とも切磋琢磨し、明るいニュースを届けたい」と力を込める。村上選手は「練習に取り組む姿勢から多くを学んでいる」と語る。
今季は2月に開幕。まずは試合に出場し、ゴールを決めて勝利に貢献することが目標だ。あきらめない。天国の父へこう伝えたい。「楽しくやってる。見守っていて」。
カズダンスの感動と復興への誓い
「カズダンスの感動再び」。三浦知良選手が、2011年3月29日の復興支援チャリティーマッチ(大阪)で決めたゴールは、ファンや被災者らの語り草となっている。Jリーグ選抜の一員として日本代表を相手に得点し、「カズダンス」で被災地を勇気づけた。試合後、「みんなの気持ちが一つになったゴール」と話した。
三浦選手が59歳となった2月26日の誕生日、福島県庁を訪れると、内堀雅雄知事は当時のゴールに触れ、「本当に厳しい状況だったが、心が躍り、元気をいただいた」と感謝を伝えた。三浦選手は「ゴールは忘れられていくものだと思うが、ずっと語られている。また新しい夢のあるゴールを決めるために努力する」と誓った。
村上力己選手と三浦知良選手。二人のサッカー選手が、被災地に希望と勇気を届ける物語は、これからも続いていく。



