宇津木瑠米、米国での経験が「表現者」としての自覚を促す
WEリーグ・日テレ・東京ヴェルディベレーザに所属する宇津木瑠米選手と塩越柚歩選手が、読売新聞ポッドキャスト「ピッチサイド 日本サッカーここだけの話」に出演し、それぞれのサッカー人生を語りました。現在、ベレーザはWEリーグ連覇を目指して戦いを続けるとともに、3月28日に味の素スタジアムで行われるAFC女子チャンピオンズリーグ準々決勝に向けた調整も進めています。
きょうだいの影響で始めたサッカー人生
宇津木選手は4人きょうだいの末っ子として、兄や姉の影響でサッカーを始めました。「みんなめちゃめちゃ上手で、私は一番下手でした。全然ボールが取れなくて、『取れないよー』って泣いて帰っていたこともあります」と振り返ります。しかし、負けん気だけは強く、「隙あらば足をけずるみたいな」と笑いながら当時を語りました。
一方、塩越選手も兄の影響でサッカーを始めましたが、「私の場合は小学校のときから私の方が上手だったので、兄は早々にサッカーをやめました」と明かしています。普段のプレーについては、「チームに良い流れを作る『つなぎ役』みたいなことが得意かなって思います」と語りました。
女子サッカーの環境が育んだチームプレー
塩越選手が育った女子サッカーチームの環境は、少人数で構成されていたため、小学1年から6年まで同じメンバーでプレーすることが多かったそうです。「自分が6年生のときに1年生に優しいパスを出してあげて、ゴールを決めさせてあげるという経験がありました」と、チームを生かす意識の芽生えを語りました。
アメリカでの経験がもたらした意識の変化
宇津木選手は2016年、フランスのモンペリエHSCからアメリカのシアトル・レインFCに移籍しました。このアメリカでの経験が、サッカー選手としての意識を大きく変えるきっかけとなったと語ります。「サッカー選手というより、『アスリート』という表現者としての自覚が生まれました。自分自身は発信できることは何もなかったですし、一人の人間としての器の大きさや考えの深さが足りず、日常でのカルチャーショックが最初に訪れました」と述べています。
日米では、スポーツ選手に向けられる視線や期待の違いだけでなく、選手側の意識の違いもあると指摘します。「日本の選手たちは代表に入って、一つ階段を上がった人たちだけが発言をする権利があるという意識が強いです。一方、シアトルでは代表選手は2、3人しかいませんでしたが、代表選手と同じモチベーションと熱量で、世界平和やサッカー選手の重要性についてきちんと話していました」と比較しました。
宇津木選手は、「それまで私は『代表選手じゃないから、代表選手の方、しゃべって』と、悪く言えば逃げていた」と率直に語り、アメリカ生活がアスリートとしての自分を見つめ直す契機になったと強調しました。「アメリカの選手たちには、サッカー選手であることがどれだけすごいことなのか、学ばせてもらいました」と感謝の言葉を添えています。
選手プロフィール
宇津木瑠米(うつぎ・るみ)
- WEリーグ日テレ・東京ヴェルディベレーザ所属
- モンペリエHSC、レインFC(アメリカ)でもプレー
- 2011年の女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で優勝、2015年のW杯カナダ大会で準優勝
- ポジションはMF
- 1988年生まれ、神奈川県川崎市出身
塩越柚歩(しおこし・ゆずほ)
- 2025年シーズン後、WEリーグ三菱重工浦和レッズレディースから日テレ・東京ヴェルディベレーザに移籍
- 2021年の東京五輪メンバー
- ポジションはMF
- 1997年生まれ、埼玉県川越市出身



