素早くうんていを伝い、綱を渡り、反り立つ壁を駆け上がる。走り、跳び、登る姿はまるで「忍者」だ。オブスタクルスポーツの第一人者である山本遼平選手(20)は、千葉県市川市に住みながら、千葉市内にある自作のアスレチックで日々鍛錬を積んでいる。国内の選手たちも集まり、世界を目指して切磋琢磨している。
世界トップレベルと競う実力
オブスタクルとは英語で障害物を意味する。人気テレビ番組「SASUKE」を基にしたアメリカの番組「ニンジャ・ウォリアー」がきっかけで生まれた競技だ。世界で2000万人以上が楽しみ、2028年ロサンゼルスオリンピックの近代五種では馬術の代わりに採用。2032年ブリスベン大会では単独種目での採用が期待されている。
千葉大学2年の山本選手は「障害物を難易度の高い動きやスピードで攻略する。こんなことできるわけがないというものもやってのける。選手たちの姿がかっこいい。数え切れないほどの障害物があり、常に新しい挑戦ができる楽しさがある」と魅力を語る。
昨年9月の世界選手権ジュニアの部で銅メダルを獲得。今年から世界のトップ選手が集まる大会で競い合っている。「ゆくゆくは上位、表彰台を目指したい。今年の目標は世界大会の決勝に残ること」と意気込む。
才能を見抜いた父の手作りアスレチック
小学生のとき、動画サイトで「ニンジャ・ウォリアー」を見て、大人たちが壮大なアスレチックに挑む姿に心が躍った。週末は公園でアスレチック遊びに熱中。体を自在に操る能力が秀で、難しい障害物も難なくクリア。その姿を見た父親が「才能を放っておくのはもったいない」と感じ、山本選手が中学生のときに千葉市に土地を買い、アスレチックを手造りし始めた。
市街地から離れた荒れ地約80平方メートルで、伸び放題の草木を抜き、土をならす。人工芝を敷き、鉄パイプを組み合わせる。親子で2年ほどかけ、高い所で5メートルを超える設備を築き上げた。
自作だからこそ、成長に合わせて障害物の難易度を上げられ、大会より難しいものも造れる。この拠点で練習を重ね、高校から本格的に世界を転戦。コーチはいない。海外選手の動画を見て障害物の特徴をつかみ、動きをイメージした。当初はなかなか勝てず世界との差を感じたが、才能は開花し、次々と好成績を残した。
SASUKEより「ガチの大会で勝ちたい」
活躍ぶりから、国内の選手たちも週末に拠点に集まるように。山本選手は選手たちを指導し、強化や育成にも力を注ぐ。
競技普及への思いもあるが、発信力のある「SASUKE」には興味を示さない。出演には「キャラ作り」や腕立て伏せによる審査などが求められるとし、「エンタメなテレビとガチの大会はちょっと違う。なかなか出ようという気持ちにならない。大会で勝ちたい思いが強い」と語る。
情報発信するインスタグラムのアカウント名は「ryohei.real.ninja」。「やりたいことをやる」と強い信念で道を切り開く。



