小栗大地選手、右脚切断から13年で銀メダル パラリンピックで日本勢通算100個目の記念メダル
【コルティナダンペッツォ=成田嵩憲】2026年3月13日、ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックのスノーボード男子バンクドスラローム大腿障害において、小栗大地選手(45)=SCSK、名古屋市名東区=が見事な銀メダルを獲得しました。この輝かしい成果は、3度目のパラリンピック出場で初めての表彰台であり、冬季パラリンピックにおける日本選手団の通算100個目の記念すべきメダルとなりました。
プロのスノーボーダーとして活躍していた小栗選手が右脚を失ってから、ちょうど13年が経過しています。イタリアの雪山で放たれたその輝きは、尽きない向上心と挑戦の結晶です。「本当に最高です」と語りながら、満面の笑みを浮かべる姿が印象的でした。
2回の滑走で銀メダルを掴む
バンクドスラロームは、2回の滑走タイムを競う種目です。小栗選手は1回目に首位と1秒13差の2位につけ、2回目にはさらにタイムを向上させました。ゴール後、右腕を高く突き上げる姿に、長年の努力が込められていました。
「野球で言えば、右投手が左投げになるようなもの。ありえないかもしれないですが、不可能ではないですよね」。小栗選手は、2018年平昌パラリンピック初出場後の決断をこのように例えます。スノーボードでは、左足を前にするレギュラースタンスと、右足を前にするグーフィースタンスがあります。さらなる高みを目指すため、彼はスタンスをレギュラーからグーフィーに変更するという大胆な挑戦を選びました。
事故から義足のスノーボーダーへ
もともとプロスノーボーダーとして活躍していた小栗選手は、32歳だった2013年夏、板金加工会社での作業中に事故に遭い、右脚の太ももを切断しました。しかし、入院中から既に次の目標は固まっていました。それは、義足のスノーボーダーとして再び雪の上に立つことです。
義足で改めてボードに乗ったとき、彼は少年時代に初めてスノーボードに挑戦したときのように、「できることが一つ一つ増えるのがうれしかった」と振り返ります。どんな状況でも前向きに挑戦できる姿勢が、彼の最大の強みです。スタンス変更においても、成績向上のためには躊躇はありませんでした。
義足を見せる流儀と柔軟な発想
競技中も表彰台でも、小栗選手は右脚の義足をあえて見せることを流儀としています。「義足を知ってもらいたい。自分は義足の存在を知っていて、すぐに受け入れられたから」という意図があります。最近では、「おしゃれ」だとも思っているそうです。この発想の柔軟さも、彼の武器の一つです。
「初心者を3度経験した」と話す小栗選手。最初はスノーボードを始めたころ、2度目は義足で初めて板に乗ったとき、そして3度目はスタンスを変更したときです。「常に右肩上がりで成長したくて。仕上がったらもう終わり。引退じゃないですか」と語る向上心は尽きることがありません。銀色のメダルを首からかけても、「もう一回、上の色を目指したい」とさらなる高みを目指す意欲を見せました。
小栗大地選手の成長の物語は、まだ終わりを告げていません。右脚切断という逆境を乗り越え、銀メダルという栄光を手にした彼の挑戦は、今後も続いていくことでしょう。



