旧統一教会の養子縁組で育った女性の苦悩 名前変更で過去と決別する決意
旧統一教会養子の女性が氏名変更 心の傷と決別の道

旧統一教会の養子縁組が残した深い心の傷

ある20代の女性が、自身のアイデンティティを取り戻すため、裁判所に氏名変更を申し立てました。彼女が提出した文書には「氏名を変更し、安心を得たく存じます」との切実な思いが綴られています。この女性は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者である養父母のもとで育てられ、幼少期から多くの苦悩を抱えてきたのです。

突然知らされた養子の事実

小学生の頃、普段は行かないようなレストランで、両親から一枚の写真を見せられました。そこには5人の子どもと、母親と思われる女性が写っていました。「この人から生まれたんだよ」という養父母の言葉で、自分が養子であることを初めて知ることになります。養子縁組の理由について「神様がお導きになった」と説明されましたが、幼い彼女には理解できませんでした。

旧統一教会では、教団の「合同結婚式」で結ばれた夫婦が子どもをもうけることが推奨され、子のいない夫婦は他の信者の子どもを養子にすることが教えとして伝えられてきました。この女性の場合、生まれる前から養子に出されることが既に決まっていたのです。

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宗教的強制と日常生活の困難

「教えを守らなければ、地獄に行く」という言葉を、熱心な信者である養父母から幼い頃から繰り返し聞かされて育ちました。朝5時から教義を読み、教会では信者たちから絵本や映像、歌を通じて教義を教え込まれる日々が続きました。

生活環境も厳しいものでした。養父母の家にはごみやほこりがたまり、歯磨きや入浴といった基本的な生活習慣さえ十分に教えられませんでした。風呂場はかびだらけで、一カ月間も入浴しないことさえあったといいます。

感情表現を奪われた少女時代

恋愛については「神様が苦しむ」と教えられ、人間関係においては「傷つけられても相手を愛しなさい」と言われ続けました。このため、同級生からいじめられても笑って受け流すしかなく、次第に自分の感情を表現できなくなっていきました。

中学2年生の時にうつ病と診断され、高校生になって精神的に追い詰められていることを養母に訴えましたが、「神様の愛」という言葉だけで、具体的な支援は得られませんでした。

自立への長い道のり

19歳の時、自治体の生活相談窓口に駆け込み、旧統一教会の信者に育てられていることや助けを必要としていることを訴えました。しかし、話を聞かれるだけで、具体的な対応はとられませんでした。

20歳になって「この家を出る」と決意し、養父母のもとを離れることを決断します。それから数年間、彼女は心の傷と向き合いながら、自分自身を取り戻すための努力を続けてきました。

氏名変更による新たな出発

現在、彼女は裁判所に氏名変更を申し立て、法的な手続きを進めています。この決断は、単に名前を変えるだけでなく、過去のトラウマと決別し、新たな人生を歩み始めるための重要な一歩です。

旧統一教会の養子縁組によって育てられた多くの子どもたちが、同様の苦悩を抱えている可能性があります。この女性の決断は、宗教的環境下で育った人々のアイデンティティ確立と精神的自立の困難さを浮き彫りにしています。

社会全体が、こうした宗教的養育環境で育った人々の心の傷と向き合い、適切な支援を提供する仕組みを考える必要性が示されています。彼女の氏名変更の決意は、過去と決別し、自分らしい人生を築こうとする強い意志の表れなのです。

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