甲子園の舞台で痛感した1球の重み
2026年3月25日、センバツ甲子園の熱戦が繰り広げられる中、ある選手の葛藤が注目を集めた。智弁和歌山の目代龍之介選手(2年)である。甲子園という大舞台で、彼は野球人生において忘れられない1球の重みを学ぶこととなった。
運命を分けた一瞬の迷い
試合は延長十回、無死満塁という緊迫した場面を迎えていた。目代選手の守る中堅へ上がった飛球は、浜風の影響で左翼方向へ流れていく。この瞬間、彼の頭をよぎったのは「後逸したくない、でも前にも落としたくない」という相反する思いだった。
ダイビングキャッチを試みるか、1失点を覚悟で下がって処理するか。逡巡の末に突っ込んだが、打球はグラブのわずか先に落ち、後方へ転がってしまった。これにより走者が一掃され、3点二塁打を許す結果に。「捕れるボールを捕れず、大量失点につながった」と、目代選手は深く悔やんだ。
挽回の機会とさらなる挫折
しかし、野球は残酷にもすぐに次の機会を与えてくれる。十回裏、1死一・二塁で目代選手の打席が回ってきた。6球目、真ん中少し高めの直球。まさに「打つべき球」だった。
「心が弱くなっていて迷った」と振り返る目代選手は、その球を見逃し三振。バットを地面にたたきつけるしかなかった。守備でのミスに続き、打撃でもチャンスを生かせなかったのである。
兄の姿に憧れた甲子園
目代選手と甲子園との縁は、2018年の春にさかのぼる。当時、智弁和歌山の選手として甲子園決勝に出場していた兄の康悟さん(25)を応援するため、観客席にいたのである。
満員の大観衆、1球ごとに沸き立つ歓声。その光景に「このグラウンドに自分も必ず立つ」と強く誓った。しかし、いざ自分がその舞台に立つと、その歓声は逆にプレッシャーとなってのしかかった。
雰囲気にのまれた集中力の欠如
五回には2点適時二塁打を放つ活躍を見せたものの、塁上では曇った表情で首をかしげていた。「自分のスイングができていない」という自覚があったからだ。甲子園の独特の雰囲気にのまれ、気持ちを乱し、集中力を欠いていたのである。
その迷いは終盤の大事な場面で、守備と打撃の両方でミスとして表れてしまった。春の大会で負けた後、泣く選手はあまりいないと言われる。夏があるからだ。しかし、試合後、目代選手の頰には大粒の涙が止まることなく流れ続けた。
夏への新たな決意
「自分のせいで負けた」という自責の念。甲子園という舞台で、1球の重みを痛感した瞬間だった。しかし、この悔しさをバネに、目代選手は新たな決意を胸に刻む。
迷いを完全に払拭し、技術とメンタルの両面で成長を遂げる。そして、次の夏の甲子園では、笑顔でグラウンドに立ちたい――。涙でぬれた頰に、そんな強い意志がにじんでいた。甲子園で学んだ教訓は、彼の野球人生においてかけがえのない財産となるに違いない。



