現場から15年で避難指示16回 津波から生還の町職員、今度は山火事に苦悩
現場から15年で避難指示16回 津波生還の町職員、山火事に苦悩

岩手県大槌町で発生した山林火災は、発生から11日目の2026年5月2日、ようやく鎮圧が宣言された。最終判断のため、地元消防長が上空視察を行った自衛隊のヘリコプターに、四戸直紀・防災対策課長(47)も平野公三町長と同乗した。ヘリに乗るのは、あの時以来だな――。四戸さんの頭に、ふとそんな思いがよぎった。

岩手県大槌町では、東日本大震災以降、朝日新聞の記事で確認できるだけでも16回の避難指示が出されている。津波や台風、土砂災害への警戒、そして今回の山林火災。海と山に囲まれたこの町で、災害の危険とどう向き合うかが問われている。

津波からの生還

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災の地震が発生した時、四戸さんは休暇中だった。防災担当だった彼が駆けつけると、町幹部は浸水想定区域内の役場前で災害対策本部を開いていた。到着して約20分後、津波が襲った。四戸さんは2階から屋上に上る鉄ばしごの下で職員を押し上げていたが、水が窓を破って壁を突き抜け、流されてしまった。

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付近を漂った後、200メートル離れたポンプ場のベランダによじ登って助かり、翌日、自衛隊のヘリで救助された。自宅にいた父は今も見つかっていない。四戸さんはその直後から、復興計画づくりやコミュニティー再生の業務を休みなくこなした。「仕事がなければ余計なことを考えてしまうので、かえってよかった」と振り返る。震災伝承の担当などを経て、2年前から再び防災担当になった。

ためらわなかった出動要請

2026年4月20日夕方、地震で津波警報が発表され、町は浸水想定区域の住民に避難指示を出した。震災の教訓から、四戸さんらは迅速に行動した。今回の山林火災でも、彼はためらうことなく出動要請に応じた。

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