連載:政治Plus 視点・解説
麻生太郎氏最側近・松本純氏死去 裏方貫き楽しんだ政治家人生
2026年5月18日 11時00分 岡村夏樹
何百回と取材で会ったこの政治家と最後に顔を合わせたのは1月20日だった。大病を患ったと聞いてから1カ月がたっていた。横浜の自宅を訪れると、病魔との闘いが一目でわかる身体を起こし、言葉を絞り出した。
「8ポイント負けているんだが、残り3週間で逆転はできるか」
2021年、24年の衆院選で落選し、引退を表明してから初めての衆院選が翌月8日と目されていた。自民党の情勢調査で後任が劣勢であることを知り、「街頭には立てないが、何か出来ることはないか」と漏らした。栄枯盛衰、禍福得喪はあれど、いつも他人のことを真っ先に考える人だった。
松本純氏。1996年の衆院選で自民党から初当選して以来、7回の当選を重ね、国家公安委員長や国会対策委員長代理、官房副長官などを歴任した。一方で、永田町・霞が関では別の顔で知られていた。それは、「麻生太郎の最側近」だ。その松本氏が3月19日に鬼籍に入った。75歳だった。
麻生氏が弔辞で語ったこと
初当選時から、同じ神奈川選挙区出身の麻生太郎元首相と行動を共にし、裏方として支え続けた。麻生氏は弔辞で「言葉も見つからない」と述べ、長年の盟友への別れを惜しんだ。松本氏は派閥の枠を超えた人脈を持ち、調整役としても手腕を発揮。自民党内で「麻生さんの一番の理解者」と評された。
松本氏の政治家人生は、常に他人を優先する姿勢に貫かれていた。自身の選挙戦でも、後輩候補の応援を優先することもあったという。最後の会話でも、自身の病状よりも後任の選挙戦を気遣っていた。
松本氏の死去により、麻生氏の最側近として長年永田町を支えた存在が失われた。その功績は、今後も語り継がれるだろう。



