東博所蔵の朝鮮王冠、返還求め声 植民地支配背景か
東博所蔵の朝鮮王冠、返還求め声 植民地支配背景か

東京国立博物館(東京都台東区)で展示されている朝鮮半島の文化財の中に、植民地支配時代の不平等な取引や略奪、窃盗など不正な手段で日本にもたらされた可能性がある品々が含まれていることは、あまり知られていない。韓国側は返還を求めているが、日本政府は慎重な姿勢を崩していない。

東京国立博物館の朝鮮コレクション

東博の東洋館5階には、三国時代(4〜7世紀)の加那の金冠が展示されている。薄い金の板で作られた冠は静かに輝き、説明文には「古代朝鮮で、金の冠は王の証」と記されている。しかし、なぜこの王の冠が日本にあるのかについては解説されていない。

市民団体「韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議」の有光健世話人は「本来は韓国政府が管理すべき品ではないか。日本にあるという事実は、不当行為によって外部に流出した可能性を示唆する」と指摘する。

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小倉コレクションの来歴

展示室には「小倉コレクション保存会寄贈」と書かれた品が多く並ぶ。小倉コレクションは、植民地期に朝鮮で電気事業で財を成した実業家、小倉武之助(1870〜1964年)が収集した膨大な朝鮮文化財で、1981年に1110点が東博に寄贈された。重要文化財8点、重要美術品31点を含む名品揃いで、東博は「朝鮮関係の陳列品はめざましく充実した」と歓迎した。

小倉は1964年の目録で「余は一介の門外漢にすぎないが、多年にわたり趣味嗜好の赴くままに、随所随時に蒐集した」と記している。取得方法は不透明で、韓国からは返還を求める声が上がっている。

問題視される品々

連絡会議が特に問題視するのは「朱漆十二角膳」だ。朝鮮では朱漆を用いた工芸品は王室のみに許され、正規の流通は考えにくい。小倉は「閔妃暗殺の後室にありしを持来れり」と書き残している。閔妃は1895年、王宮で日本軍関係者らに殺害されており、「暗殺後の部屋から持ってきた」との記述は不当な行為の可能性を示す。

目録には「李太王所用品」と書かれた長衣や上衣、「王家伝来」の甲冑もある。有光氏は「小倉自身が対価を払って購入していても、それまでの経緯の不当性が問われる」と指摘し、「仮に天皇の愛用品が海外の博物館で由来不明の展示品として置かれていたら、平然と鑑賞していられるか考えてみてほしい」と語る。

東博の見解

東博は小倉コレクションの不当性について「考えていない。受け入れに問題はない」と文書で回答した。

韓国の取り組み

韓国では国家遺産庁の機関「国外所在文化遺産財団」が海外に渡った文化財の調査研究や返還交渉を担っている。金成鎬日本事務所長は「不当性と文化財的価値が高い、朝鮮王室由来品や古墳などの埋蔵文化財の返還を求めている」と説明する。財団によると、2026年1月時点で海外に渡った文化財は25万6190点。うち11万611点(43%)が日本にあり、国別で最多だ。

歴史的背景

日本は1910年の韓国併合前後から、研究者による古墳や建築物の調査を朝鮮半島で本格化させ、収集した文化財を保存や研究の名目で日本に持ち込んだ。個人の盗掘も横行し、貴重な品が市場に出回った。日本人収集家が買い取ったり、盗掘を支援したりしたとされる。

東京大の外村大教授は「韓国国内の一部には、日本にある全ての韓国の文化財を不法持ち出しだとする意見もある。だが通常の購入や寄贈の事例もあり、一概に略奪と断じることはできない」と語る一方、「植民地支配下の権力関係や経済格差により、日本人が圧倒的に有利に収集できる構造があったことも事実だ」と指摘する。

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戦後の返還交渉

戦後、日韓の国交正常化交渉で韓国側は小倉コレクションを含む約4000点以上の返還を要求したが、日本は「文化財を返還する国際法の取り決めはない」などと主張。1965年の文化財協定で日本は約1400点を「引き渡し」たが、小倉コレクションは個人所蔵品を理由に返還しなかった。

2010年には菅直人政権が「朝鮮王室儀軌」など図書1205冊を引き渡したが、その後目立った動きはない。韓国国会は2013年に小倉コレクションの頭釘甲冑の返還要求を決議したが、進展していない。文化庁は「文化財の問題は請求権協定により解決済みで、日本として韓国へ引き渡す法的義務はない」とコメントしている。

国際的な動き

近年、欧米諸国では旧植民地国への文化財返還が広がっている。外村氏は「仮に法的責任を議論しないとしても、植民地支配によって文化財が本来あるべき場所にないという悲しみには日本国民も寄り添うべきではないか」と話し、「来歴調査を徹底し情報を公開することが、両国民の納得に向けた一歩となる」と期待する。

有光氏は「かつて略奪文化財は戦争の勝利や征服の証しとして誇示されていたが、時代は変わり『恥ずべき不正義』とみなされるようになった」とし、「日本も負の歴史を直視し、調査と対話に基づき、返す側と返される側が納得できるルールを創ることが求められる」と指摘する。