福井県前知事セクハラ問題 河野教授が指摘「欲望暴走させる構造が問題」
福井前知事セクハラ 河野教授「欲望暴走の構造が問題」

福井県前知事セクハラ問題 河野教授が「男性性」の視点から構造的問題を指摘

杉本達治前知事のセクハラ問題を検証する本連載は、今回を含め残り2回となった。現代の「男らしさ」を研究する専修大学の河野真太郎教授に話を聞き、問題の背景を「男性性」という視点から見つめ直す。

「欲望そのものではなく、暴走させる構造が問題」

河野教授は、今回の問題を個人の資質や感情の制御不全と片づけることに強い疑問を投げかける。「欲望そのものが問題なのではなく、それを暴走させる構造こそが問題です。セクハラは、男性中心の家父長制的な社会において、権力を確認・維持するための行為と捉えるべきです」と述べた。

そのため、加害者に「性的な意図があったか」を問うこと自体が、問題の核心を外していると指摘。セクハラ問題の本質は、個人の心理状態ではなく、社会全体に根差す権力構造にあると強調した。

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傍観者の責任と「沈黙の共犯」

河野教授が特に重視するのが、加害者の周囲にいた人々の存在だ。セクハラや性被害が起きたとき、当事者以外のその場に居合わせた人々を「バイスタンダー(傍観者、第三者)」と呼ぶ。

被害者は恐怖や混乱で声を上げにくく、訴えれば二次被害にさらされることも多い。だからこそ、周囲が「大したことではない」「優しい面もある」「才能のある人だから」などと加害者をかばい、被害を軽く扱えば、問題解決には向かわない。

「飲み会や職場で不適切な言動があったとき、周囲の人間が笑ってやり過ごすのも、見て見ぬふりをするのも、結果的には加担です」と河野教授は指摘する。「加害者個人を変えることは相当に難しい。黙認してきた側が変われるかどうかが問われています」

セクハラ防止の鍵は、沈黙ではなく、状況を変える一言や行動にある。私たち一人一人が傍観者という安全な立場から一歩踏み出せるかが、組織や社会の変革につながると述べた。

経済合理性だけに回収されない男女平等の本質

一方で、河野教授は近年広がる「女性活躍は経済的な利益につながる」という言説にも注意を促す。社会の中で女性の働く意味づけが「経済にとって有益」との一面だけ強くなっていくと、新自由主義のもと、女性が都合の良い労働力に陥っていく恐れがあるとする。

福井県の共働き率は全国1位である。女性が働くことは歓迎される一方で、同時に家事や介護の負担も背負わせていると言われる。

「福井県では、女性活躍が経済合理性と結び付きやすい土壌があります。しかし、男女平等は本来、経済合理性によって進められるべきものではなく、人としての尊厳の問題です」と河野教授は強調した。

真の男女平等の実現には、単なる経済効率の向上ではなく、人間の尊厳と権利に基づいた社会変革が必要だと結論づけた。

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