埼玉衆院選回顧(上) 自民「高市人気で結束」 中道「浸透時間足りず」
2026年2月8日に行われた衆院選で、自民党は埼玉県内の全16小選挙区を独占する歴史的な勝利を収めた。この選挙結果について、主要各党の県組織幹部が9日に会見を行い、自民の勝因と中道改革連合など野党の敗因を振り返った。本記事では、その内容を2回に分けて詳報する。
自民党の圧勝と「高市人気」の効果
「埼玉県の歴史上なかった大勝利だ」。自民党県連会長の古川俊治参院議員は会見で、誇らしげな表情を浮かべた。古川氏は勝因について、「高市政権の人気も確かにあったが、それ以上に地方議員と候補者が一体となって活動できたことが大きい。心が一つになったことが、最も重要な要因だった」と強調した。
各候補者は選挙カーやビラに高市首相の写真を掲載し、首相が掲げる「責任ある積極財政」を演説で訴えるなど、「高市人気」の恩恵を最大限に活用しようと努めた。選挙戦中の2月3日には、高市首相自身が県内各地を遊説し、党候補を応援。さいたま市浦和区の北浦和公園で行われた演説会には、主催者発表で1万2千人の聴衆が集まり、老若男女がスマートフォンのカメラを演台に向ける熱狂的な光景が見られた。
自民党は2024年衆院選と2025年参院選で、派閥裏金事件や旧統一教会問題の影響を受け、苦戦を強いられてきた経緯がある。古川氏は「過去2回の選挙では、自民党のイメージが非常に悪化していた。今回は高市さんのカラーになり、イメージよりも政策を有権者に評価していただけた」と分析した。
中道改革連合の苦戦と時間不足の壁
一方、前職9人が議席を失った中道改革連合側には、衝撃が広がっている。支援した立憲民主党県連代表の熊谷裕人参院議員は、立民を創設した枝野幸男元官房長官らの落選を受け、「ショックで夕べは寝られなかった」と心境を明かした。
中道改革連合が結成されたのは1月22日。立民出身の候補者たちは、昨年10月まで与党だった公明党との唐突な合流を巡り、有権者への説明に追われた。熊谷氏は「あまりにも時間がなさすぎた。説明をしなければいけない選挙は勝てない」と指摘。立民と公明の支持層を意識するあまり、「活動が内向きになりすぎた」との反省も口にした。
多くの中道候補は、公明党出身の比例候補と共に街頭演説を行う機会を設け、公明支持層へのアピールを試みた。しかし、高市首相を中心とした自民党の勢いは選挙戦終盤にさらに強まり、中道陣営からは「相手候補でなく、高市さんと戦っているようだ」との声も漏れた。熊谷氏は「選挙の時に立民を応援してくれる無党派層が、高市ブームで半分ぐらいは自民へ流れてしまった」と分析した。
公明党の苦悩と今後の展望
公明党県本部代表代行の宮崎勝参院議員も、「新しい選択肢を示したが、有権者に浸透する時間が足りなかった」と悔やんだ。同党は支持層に中道への全面的な支援を働きかけ、比例北関東ブロックで名簿上位の公明出身者が当選を果たしたものの、支持は広がらなかった。
宮崎氏は「長年にわたる自民党との連携という歴史があり、最初は抵抗感があったと思う。徐々に理解は広がったが、末端まで浸透できたかは分析が必要だ」と述べた。中道改革連合は全国で壊滅的な敗北を喫し、立民と公明に残った参院議員や地方議員の合流も不透明な状況にある。
それでも宮崎氏は「中道の流れは日本に不可欠だ。固まりとしては小さくなったが、大きくしていく必要がある」と語り、今後の再建に意欲を見せた。選挙から一夜明けた埼玉の政治地図は、自民党の圧倒的優位と野党再編の課題を浮き彫りにしている。