当事者の声なき対策に怒り ドイツで性暴力問題が転換点
2010年春、ドイツに住むマティアス・カッチさん(当時63歳)は、あるニュースを知って深い怒りと失望を覚えた。神職による少年への性暴力事件が発覚し、子どもへの性暴力が国民的な社会問題として浮上していた。政府は有識者による円卓会議を立ち上げ、被害防止や支援施策を話し合うことになったが、そのメンバーに性暴力の被害当事者は一人も含まれていなかったのだ。
「我々の声を聞いて」被害当事者が直接訴え
カッチさん自身、13歳の時に通っていたカトリック系の中高一貫校で神父から性被害を受けた経験を持つ。10代後半からは原因不明の体調不良に長年悩まされ続けてきた。社会人として普通の生活を送っていたが、42歳の時に偶然その神父と再会。被害当時の記憶がフラッシュバックし、「何か行動を起こさなければ」と決意を固めた。
彼は勇気を振り絞って被害を告白し、学校側が調査を開始。この動きが地元メディアに報じられ、結果的に円卓会議設立のきっかけとなったのである。カッチさんは当時、過去の被害を訴えていた約50人の仲間と共に、「対策を考えるにしても、加害者がどのような行動を取るかを最もよく知っているのは被害者自身だ」と主張し、円卓会議に被害者の声を聞くよう強く訴えかけた。
約半年後、歴史的な参加が実現
被害当事者たちの粘り強い働きかけから約半年後、ついに円卓会議に被害者代表の参加が認められることになった。これはドイツの性暴力対策において画期的な転換点となった。当事者の生の声が直接政策議論の場に反映されるようになり、従来の上からの対策だけでは見落とされがちだった現実的な課題が浮き彫りにされていった。
この取り組みは、単なる犯罪被害者支援の枠を超え、人権や環境問題など様々な分野における当事者参加のモデルケースとしても注目を集めている。政治的決定だけでなく司法の場においても、被害者本人の意見を聞く「被害者参加制度」の整備が進むきっかけともなった。
ドイツ社会を変えた当事者参加の原則
円卓会議での証言を振り返るカッチさんは、「声を上げ続けることの重要性」を強調する。当初は無視されそうになった被害当事者の声が、やがて国の政策そのものを変える力となったのである。この経験は、子どもへの性暴力に限らず、あらゆる社会問題の解決において「当事者の視点を欠かしてはならない」という重要な原則をドイツ社会に根付かせた。
2025年6月時点でも、ベルリンを中心にこの取り組みは継続されており、より包括的な被害者支援システムの構築が進められている。ドイツの事例は、性暴力対策において当事者の声を政策にどう反映させるかという国際的な課題に対し、一つの明確な回答を示していると言えるだろう。



