イラン新年に三重苦 抑圧・経済難・戦争下で暮らす市井の人々の現実
イランは3月20日、イラン暦の新年「ノウルーズ」(新しい日)を迎えた。春分の日に合わせて始まるこの伝統的な祝祭は、本来は希望と再生の季節である。しかし、今年の新年は、米国やイスラエルとの戦時下にあるという厳しい現実と重なり、市民にとっては抑圧と経済難、戦争という三重苦に直面する苦難の時となっている。
パナヒ監督の映画が描く市井の人々のたくましさ
カンヌ、ベルリン、ベネチアの三大映画祭すべてで最高賞を受賞したイランのジャファール・パナヒ監督は、政権の厳しい統制下で映画を作り続けてきた。その出世作は、31年前の「白い風船」だ。この作品は、母親のお金を預かった7歳の少女ラジェが、新年の縁起物である金魚を大人だらけの市場に買い出しに行くという「冒険」を、子どもの純粋な視点で描いている。
パナヒ監督が一貫して焦点を当ててきたのは、困難な状況下でもたくましく生きる市井の人々の姿である。彼の作品は、日常の中に潜む小さな希望や人間の強さを浮き彫りにする。しかし、現在のイランでは、そんなたくましさが試される厳しい現実が広がっている。
戦時下で深まる市民の苦悩
昨年と大きく異なる点は、イランが米国やイスラエルとの戦時下にあることだ。この状況は、市民生活に深刻な影響を及ぼしている。例えば、学校破壊などの戦闘行為により、ラジェと同世代の170人以上の子どもが犠牲になったという報告もある。
ネット制限が強化されているため、現地からの生の声はほとんど外部に伝わってこない。しかし、規制をかいくぐって発信されるわずかな情報からは、市民の不安や苦悩がうかがえる。
戦争体験が繰り返される恐怖
テヘランに住む46歳の女性(知人)は、先日、ソーシャルメディアに一人娘を育てる不安を投稿した。彼女は1980年代のイラン・イラク戦争を経験しており、「8歳の誕生日を空襲警報と爆音の中で迎えた」と記している。
そして、こう続けた。「娘が8歳になり、ケーキにロウソクを立てたとき、震える手を見せないように『願い事をしてね』と語りかけた。記憶の中の出来事が、繰り返されているような気がする」
この言葉は、戦争のトラウマが世代を超えて受け継がれ、現在の緊張状態が過去の苦い記憶を呼び起こしていることを示している。新年という節目に、市民は抑圧的な体制、悪化する経済状況、そして戦争の脅威という三重苦に直面している。
希望と現実の狭間で
ノウルーズは本来、春の訪れとともに新たな始まりを祝う祭りである。しかし、今年のイランでは、そんな希望に満ちた気分は影を潜めている。パナヒ監督の映画が描く市井の人々のたくましさとは対照的に、現実は厳しさを増している。
市民は、日々の生活の中で、政治的な抑圧、インフレや失業などの経済難、そして戦争の恐怖に耐えながら生きている。新年を迎えても、すぐに状況が好転する見通しは立たず、多くの人々が不安と絶望感を抱えている。
イランの人々が、この三重苦から解放され、真の意味で新年を祝える日が来ることを願わずにはいられない。パナヒ監督が映画で描いたような、小さな希望や人間の強さが、現実の世界でも花開くことを切に望む。



