三重県松阪市の別荘地に、清流のせせらぎと鳥のさえずりに交じって重機の音が響く。駐車場や庭を整備する外構工事の現場で、固まりきっていない泥状のコンクリートの表面を、技能実習生が丁寧に仕上げていた。働き始めて3カ月足らずのクロヒロ・コザさん(24)は、日本の建設現場ではまだ珍しいインド出身の若者だ。
「熟練職人も驚く成長」
外構工事を手がける「森村建設」(三重県松阪市)の社長、森村浩介さん(44)は、金属製のこてを操るクロヒロさんの働きぶりに感嘆する。「熟練の左官職人も気を使う難作業ですが、成長の早さに驚いています」。クロヒロさんは幼少期から英語に親しみ、TOEIC800点相当の実力を誇る。日本語の上達も速く、日本人社員5人と翻訳機を介さずに会話できる。
森村建設で働くインド人実習生はクロヒロさんを含めて2人で、年内に3人に増やす計画がある。受け入れを推進したのは、インドで初めて日本向けの送り出し機関を設立したARMS(愛知県刈谷市)の石倉洋平さん(43)だ。「インドは人材のブルーオーシャン(未開拓市場)です。人口14億人の隠れた宝が、日本の現場を救います」と、彼は熱意を込めて語る。
ARMSの戦略:新天地インドへ
中国とベトナムで実習生向けの研修センターを運営してきたARMSが、南アジアのインドに進出したのは2018年だ。「経済成長が進む東南アジアはいずれ頭打ちになります。安定的な人材供給には新天地の開拓が必要でした」。石倉さんは当時の狙いをこう説明する。人口世界一で多様な民族や宗教を抱えるインドに注目したのは、10年先を見据えた戦略だった。
首都ニューデリーで活動を始めた当初は、就労先としての日本の認知度がほぼゼロで、希望者を探すために日本がどこにあるのか説明する必要があった。ようやく送り出した人材も、日本の生活になじめず帰国するなどトラブルが続いた。
北東部の飛び地に注目
苦難の中で同社が注目したのがインド北東部だ。日本料理店の従業員の中に、顔立ちが東洋人に近い北東部出身の若者を見つけ、その存在を知るようになった。山岳地帯の飛び地で、農業以外に目立った産業はないが、教育水準は高い。現地に日本語教育の研修センターを設けると、希望者が口コミで集まり始めた。
応募してきた若者の中にクロヒロさんもいた。北東部ナガランド州出身で、地元の大学を卒業したものの、平均的な初任給は2万5千円程度。経済が急成長するインド本土で就職しようとしても競争は激しかった。クロヒロさんは「SNSで日本で働けることを知り、勉強を始めました」と振り返る。
キリスト教徒と日本の親和性
北東部はキリスト教徒が多く、米食中心で牛肉や豚肉も食べられる。「日本のアニメやドラマも人気で、生活や文化の共通点が多いです」と石倉さんは付け加える。
これまでARMSが日本に送り出したインド人実習生は600人を超える。現在も現地で300人以上が日本行きを目指して学んでおり、「手狭になった研修センターの移転を検討するほど勢いがあります」と石倉さんは胸を張る。
課題と展望
しかし、本格的な拡大は容易ではない。日本で働くインド人は2025年時点で3万1636人と、国籍別で全体の11位だ。人手不足分野を支える技能実習や特定技能の人材に限ると1982人にとどまり、東南アジア各国に遠く及ばない。
日本からまとまった求人がない限り、初期投資が必要な新規参入は進まない。インド国内の送り出し機関約2400社のうち、日本行きを手がけるのは20社にとどまる。事業拡大するARMSですら、「先行投資がかさみ、赤字を脱却できていません」。安定的な送り出しとビジネスとしての成り立ちは表裏一体だ。
民間主導だけでは限界が見える中、官民連携の新たな形が注目されている。



