シンセの魔術師・喜多郎、電子音で世界を癒やす半世紀の歩み
シンセサイザーを軸に構築した壮大な音楽で世界的な人気を獲得した喜多郎氏。人工的な電子音で組み立てながら、郷愁に彩られ、癒やし効果のあるサウンドに仕立てる手腕は魔法のようだ。国境を超える活躍を続けてきたその歩みをたどる。
音楽活動半世紀、世界で通用する夢を実現
音楽家として活動を始めて半世紀。夢だった「世界で通用する音楽」を作り上げ、毎年のように海外でコンサートを開くようになった。昨年9月には東南アジアをツアーし、当初は4か国を回る予定だったが、8月下旬にインドネシアで発生した暴動の影響で、同国での2公演は直前になって中止となった。
運の悪いことに、ツアー最初の公演地がジャカルタで、すでに機材を発送した後に中止が決まったため、現地から次の公演地、タイに機材の転送が間に合わない。大慌てで手元に残した予備の機材をかき集め、何とか9月10日のバンコク公演を開くことができた。まさに冷や汗ものの体験だった。
思い出の地・バンコクでの公演と進化する街並み
バンコクは、約50年前に初めて訪れ、あまりの居心地の良さに数か月間滞在してしまった思い出の地。その後、1992年に当時のシリキット王妃60歳のお祝いに合わせてコンサートを開くなど、何回も公演してきた。最初に訪れた時は、高層ビルなどほとんどなく、のんびりした東南アジアの町といったイメージだったが、行くたびにめざましく発展しているのに驚かされる。
ライブならではの臨場感と観客の熱い反応
近年、幻想的な映像をバックに静的なステージを展開することが多かったが、今回は共演者との掛け合いや即興的な要素を交え、ライブならではの臨場感を強調した。タイの方は人なつっこくて穏やかな印象の人が多いが、コンサートでは熱く盛り上がってくれる。男性の野太い声で「キタロー、アイ・ラブ・ユー」と叫ばれると、ぎょっとするという。
国境を超えた活動が音楽を豊かにする
文化的背景の異なる様々な国で演奏すると、それぞれ違った刺激を受けられる。それがまた喜多郎氏の音楽を豊かにする。国境を超えて活動する大きな利点だと語っている。
喜多郎氏の略歴
- 1953年:愛知県生まれ。
- バンドでのデビューを経てソロとなり、80年に「シルクロード」で脚光を浴びる。
- 1986年:本格的に海外進出。
- 2001年:米音楽界最高の栄誉、グラミー賞に輝いた。



