福島県会津若松市の鶴ケ城天守閣で13日、入場者が累計4千万人に達した。昨秋に再建60周年を迎えたばかりの城にとって、さらなる朗報となった。
戊辰戦争の舞台から再建へ
鶴ケ城は戊辰戦争で籠城戦の舞台となり、会津藩は必死に抵抗したが1868(慶応4)年に敗北し開城。6年後には石垣だけを残し、建造物はすべて取り壊された。再建への動きは第2次世界大戦後に活発化。1954(昭和29)年、会津若松市議会は「すみやかに復元すべし」との決議案を満場一致で採択し、天守閣は1965年9月に落成・開館した。
節目の数字とその背景
来場者は1992(平成4)年9月に2千万人、2007年10月に3千万人を達成。4千万人にはそれから約19年を要した。主な要因は東日本大震災・東京電力福島第一原発事故とコロナ禍だ。2010年度は震災と赤瓦ふき替え工事が重なり、前年の72万人から45万人に減少。コロナ禍の2020年度は26万人と、前年57万人の半分以下に落ち込んだ。
4000万人目の来場者
4千万人目となったのは、千葉県我孫子市から福島観光に訪れた梅沢文六さん(81)と好子さん(78)夫妻。会津若松観光ビューローから会津のコメ10キロと米俵を背負った「黄金べこ」が贈られた。夫妻は20年以上前から家族で頻繁に訪れていたといい、「懐かしい土地を訪ね歩いていたら、こんなめぐりあわせになった。足腰の丈夫なうちにまた来たい」と喜びを語った。
記念の御城印販売
会津若松観光ビューローは4千万人達成を記念し、金と銀の箔押しの御城印(各500円、計4千枚)の販売を開始した。観光客のさらなる増加が期待される。



