大河ドラマ「豊臣兄弟!」を観ていると、滝が流れるむき出しの岩肌が画面に映り込んだ。それは、織田信長が天下布武の拠点とした岐阜城の居館である。自然の岩石を巧みに利用した庭園の絶景は、かつての栄華を象徴するものだった。
宮沢賢治が訪れた秩父の地
歌舞伎の町として知られる小鹿野町の旧旅館には、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩碑がひっそりと立っている。盛岡高等農林学校の学生時代、賢治は岩石調査のために秩父を訪れ、この旅館に宿泊したという歴史が伝えられている。幼い頃から石集めに夢中だった賢治の目には、「日本地質学発祥の地」とされる秩父の地がどのように映ったのだろうか。
石に込められた人々の祈り
古来より、物言わぬ石には人々の思いや意志が込められてきた。午歳総開帳で賑わう秩父札所巡りは、特異な石との出会いの場でもある。巨大な一枚岩、蜂の巣のような洞窟、見上げるほどの岩壁。これらは億年単位で形成された景観であり、訪れる人々の祈りを静かに受け止めている。
武甲山の献身
石灰石の採掘によって白い岩肌がむき出しになった武甲山が遠くに見える。首都圏のビル群は、ここから運び出されたセメントで造られた。霊峰と称されながらも、その身を削って人々の生活を支えている。そうした姿に、筆者は「そういうものにわたしはなりたい」と強く感じたのである。



