文化財彩色復元の第一人者・馬場良治氏の原点 幼少期の自然体験が感性を育む
戦後まもない1949年6月、山口県宇部市で3人きょうだいの長男として生まれた馬場良治氏は、文化財彩色復元の分野で第一人者として知られる人物である。彼の芸術的感性の礎は、幼少期に過ごした自然豊かな環境に深く根ざしている。
自然の中で育まれた感性
馬場氏の父・敏馬さんは太平洋戦争で東南アジアに出征し、復員後は宇部興産(現UBE)で働きながら兼業農家として米作りに従事していた。家の近くを流れる大きな川が、幼少期の馬場氏の遊び場となった。小学校から帰ると、橋の上から川を眺めたり、川エビやコイ、ボラなどを捕まえたりする日々を送った。
妹の河村由利子さん(70)は、当時の兄について「農作業でも手を抜かない几帳面で真面目な性格だった」と振り返る。さらに、「魚釣りが大好きで、母に頼まれて晩ご飯用の魚を釣りに行ったりしていた」と語り、自然との触れ合いが日常的であったことを証言する。
川の表情に魅せられた少年時代
川は肉眼でも魚のいる場所が分かるほど透き通っており、キラキラと輝く水面が美しかった。潮の満ち引きで水位が上下し、静かな流れの時もあれば濁流の時もあり、様々な表情を見せる水面の変化に、少年時代の馬場氏は魅せられたという。
今でも子どもの時に見た川の光景を題材にして絵を描くことがあると馬場氏は話し、「自然の中で生み出されるものに感動し、感性が養われた」と述べている。この体験が、後の文化財復元における色彩への鋭敏な感覚を育んだ一因と考えられる。
勉強は苦手でも絵の才能を開花
高校に入るまで教科書を開いた記憶がほとんどないほど勉強は苦手だった馬場氏だが、絵は美術の授業で描く程度だったものの得意分野であった。地元の私立高校に進学した後も川で魚釣りをして遊びながら、県内の防火ポスターのコンクールで入賞するなど、早くから芸術的才能を示していた。
この幼少期の自然体験と芸術への興味が、後に文化財彩色復元の専門家としての道を歩む礎となった。馬場氏の人生は、自然環境が人間の感性や創造性に与える影響を如実に示す事例として、現代においても重要な示唆を与えている。



