東京大空襲から81年、各地で犠牲者を追悼 平和への思いを共有
1945年3月10日未明、米軍のB29爆撃機による攻撃で約10万人が犠牲となった東京大空襲から、10日で81年を迎えた。この歴史的な惨事を記憶し、犠牲者を悼むため、東京都内の各所で追悼式典が開催され、多くの参列者が平和への思いを新たにした。
台東区の追悼集会で経験者が初めて語る生々しい記憶
台東区の隅田公園内にある東京大空襲犠牲者追悼碑の前で開かれた追悼集会には、約100人が参加した。空襲を直接経験した海野敏夫さん(87)=小金井市=は、初めて公の場で当時の記憶を語った。海野さんは「聞いたこともない爆発音が響き、突風で家がずしっと揺れた。どこの防空壕も満員で入れず、家族5人で逃げ回った」と振り返る。
さらに、「周囲は全て火の海でオレンジ色に染まり、逃げる途中で3回も母の手を離してしまった。そのたびに家族が必死に探し回り、何とか助かった」と語った。海野さんは「道路のあちこちで、服を着たまま焼け焦げた人々が折り重なり、その上をまたいで歩かざるを得なかった」と、生々しい惨状を明かした。
これまで家族にも話してこなかったという海野さんは、戦争経験者の高齢化が進む中で「語れるうちに伝えたい」との思いから、今回初めて体験を共有したという。
江戸川区では合唱団が平和の尊さを歌に込める
一方、江戸川区の小松川さくらホールでは「戦災犠牲者追悼式」が開かれ、約150人が出席した。区音楽祭合唱団が、空襲で家族とはぐれた女の子の物語を題材にした組曲「ちいちゃんのかげおくり」を歌い、平和の尊さを表現した。
主催した「世代を結ぶ平和の像の会」の会長・楠田正治さん(81)は「戦争は勝っても負けても、犠牲になるのは一般市民だ。悲惨さや平和の尊さを感じてほしい」と訴えた。
二度と惨禍を繰り返さないという強い決意
追悼集会を主催した「東京大空襲犠牲者追悼・記念資料展実行委員会」の委員長・高橋成悟さん(74)は「二度と日本を戦争の道に進ませず、再び惨禍を繰り返させない」と強調した。この言葉は、式典に参加した多くの人々の共感を呼び、平和への誓いを固める機会となった。
東京大空襲から81年が経過し、直接の経験者が少なくなる中で、記憶の継承と平和の重要性が改めて問われている。各地で行われた追悼式典は、悲惨な戦争の歴史を風化させず、未来に向けた教訓とするための重要な取り組みとして、参加者に深い印象を残した。



