佐賀錦:江戸時代発祥の伝統織物が未来へとつながる道筋
江戸時代末期に発祥した伝統工芸の織物「佐賀錦」。ひな人形や名刺入れ、バッグなど、複雑な柄ときらびやかな色彩を誇る作品が、一つ一つ丁寧な手作業で生み出されています。この貴重な文化を守り、広めるために活動する佐賀錦振興協議会(佐賀市)の大坪順子会長(66歳)に、佐賀錦の歴史や会の取り組みについて詳しく伺いました。
佐賀錦の歴史と特徴
大坪会長によれば、佐賀錦は江戸時代末期に鹿島藩で作られるようになったのが始まりとされています。明治初期に一時途絶えたものの、佐賀出身の大隈重信が1910年にロンドンで開催された日英大博覧会で、それまで「鹿島錦」と呼ばれていたものを「佐賀錦」と名付けて出品したことがきっかけとなり、名称が定着したと言われています。
技術的な特徴としては、縦糸に和紙、横糸に絹を織り込む点が挙げられます。和紙には金や銀、プラチナなどを塗ったものが使用され、様々な図案を実現。糸の色の入れ方を変えることで、複雑な柄を織りなすことが可能です。ただし、作品は洗うことができないため、汚さないように大切に扱う必要があります。
協議会の活動と普及への努力
佐賀錦振興協議会は1993年に設立され、約180人の会員を擁しています。活動内容は多岐にわたり、年1回の初心者講習会を開催するほか、月曜を除いてほぼ毎日教室を開講。30代から80代までの幅広い年齢層が、各自のペースで学びを深めています。
作品を販売できるレベルに達するには、少なくとも5年間の練習が必要とされています。また、普及活動として昨年は東京で展示会を実施し、小学校からの依頼で佐賀錦のキーホルダー作りを指導した経験もあります。
大坪会長の佐賀錦との出会いとやりがい
大坪会長が佐賀錦と出会ったのは、息子2人の子育てが一段落した40代の頃。義理の姉が協議会の初心者講習に参加し始め、織り台でちくちくと織る姿に感銘を受けたことがきっかけでした。もともとセーターを編むなど手仕事に親しんでいたものの、長続きしなかった過去がありました。しかし、佐賀錦については「難しい」ではなく「楽しい」という気持ちで取り組むことができ、上達の手応えを感じられたと語ります。
やりがいを感じる瞬間として、自身が作った名刺入れを息子たちが使用してくれることや、孫たちに贈ったかぶとやひな人形が喜ばれることを挙げています。作品が完成して家族に渡せたときや、織り台から外すときの達成感は、何物にも代えがたいと強調します。
未来への継承への強い思い
大坪会長は、若い世代に佐賀錦の魅力を知ってもらいたいと切に願っています。佐賀錦は不器用な人でも続けられる点が特徴で、ハードルが低い伝統工芸として位置づけています。興味を持ったらぜひ教室に参加してほしいと呼びかけ、小学校での制作体験など、子どもたちが佐賀錦に触れる機会をさらに増やしていく方針です。
この伝統を未来につなぐために、協議会は継続的な活動を展開していく考えです。大坪会長自身も、中学1年、小学5年と2年の孫3人を持ち、女の子が20歳になったら佐賀錦で織ったバッグを贈りたいと計画しています。
教室に関する問い合わせは、佐賀錦振興協議会(電話:0952-22-4477)までお願いします。



