江戸の医書出版と検屍の現場で交錯する人情模様を描く
医書出版と検屍現場の江戸人情模様

江戸の町で交わされる医書出版と検屍を巡る会話

気忙しい足音を聞いて振り向いた惣十郎の前に、息を切らしながら現れたのは佐吉であった。「や、旦那。こちらにいらしたんですね。よかった」と声をかける佐吉に対し、惣十郎は「よかった、じゃねぇよ。完治を呼びにいったきりで、どこをほっつき歩いてたんだよ」と伝法に返す。しかし、佐吉は悪びれる様子もなく、鼻頭を弾きながら理由を説明した。

『幼幼精義』完成への道筋と口鳥先生の行動

「田原町を出たとこで、口鳥先生にばったり行き合ったもんですから、つい話し込んじまって」と佐吉は語る。口鳥は須原屋に校合摺とやらを返しにいく途中だったという。ついに『幼幼精義』ができあがるという知らせに、佐吉は嬉しげに付け足した。「梨春の係り合った書が世に出て、いずれ疱瘡がなくなるといいんだがな」と惣十郎はしんみりと応え、続けて堀内素堂という米沢の藩医の偉業を称える。

「堀内素堂ってぇ米沢の藩医は偉ぇもんだね。異人の書いた医書を訳して、そいつを己の藩だけで抱え込まずに、広く知らしめようと努めてンだからな。江戸まで出張って須原屋にしかと話を持ちかけて板本にしようってぇのは、簡単なことじゃあねぇぜ」と惣十郎は感嘆の念を込めて述べた。佐吉も同意し、「口鳥先生も、いつにも増して嬉しそうでしたよ。須原屋さんに寄ったあと、弥平さんの様子も見にいくとおっしゃってましたぜ。なにしろ立派なお方ですよ。医者の鑑ってンですかねぇ」と応じる。

佐吉の変化と検屍を巡る微妙な人間関係

かつて佐吉は口鳥を苦手としており、検屍が終わった後に口鳥がまとめる容體書を引き取りにいくことさえ嫌がっていた。しかし、今ではすっかり心酔し、二言目には「口鳥先生は医者の鑑だ」と唱えるようになっている。この変化に、完治は人というのはこんなにたやすく変われるものだろうかと不思議に思う。

会話はさらに進み、佐吉が不意に口にした。「そういや聞きましたぜ。検屍のために医者を呼ぶのは、廻方の中でも旦那くらいだ、って」。これを聞いた惣十郎は渋面を作り、「誰に聞いたえ」と問い詰める。佐吉は「崎岡様ですよ。二、三日前でしたか、屋敷の木戸を直していたら、前をお通りになりまして。ちょうど口鳥先生がお多津様を診たあとだったもので、そんな話になったんですよ」と説明した。

「崎岡の野郎は俺のやることなすこと否やを唱えるからよ。滅多なことを話すんじゃねぇぞ」と惣十郎は鼻の頭に皺を寄せて言い捨て、話を仕舞おうとした。しかし、そういう機微を解せる佐吉ではないようだ。この一幕は、役人同士の複雑な関係性を浮き彫りにしている。

物語は、江戸時代の医書出版という文化的な側面と、検屍という公的な現場が交錯する中で、登場人物たちの人情や変化を丁寧に描き出している。口鳥先生への評価の変遷や、堀内素堂の功績への称賛は、当時の医療と出版の重要性を伝えるとともに、人間関係の微妙な機微をも感じさせる内容となっている。