内間安瑆・俊子展 日米の美術を紡いだ夫妻の軌跡を神奈川で回顧
内間安瑆・俊子展 日米美術を紡ぐ夫妻の軌跡

日米の美術を紡いだ夫妻の軌跡 神奈川で初の共同回顧展

神奈川県立近代美術館葉山において、「内間安瑆・俊子展 色を織り、記憶を紡ぐ」が現在開催されています。この展覧会は、日系2世として米国に生まれ、日本と米国で活躍した版画家・内間安瑆(1921~2000年)と、中国・大連で育ち、戦後日本で画家として活動した内間俊子(1918~2000年)の夫妻による、初めての共同回顧展となります。

二つの文化を生きるアーティストたち

内間安瑆は、沖縄移民の両親を持ち、米国カリフォルニア州に生まれました。1940年に日本へ留学し、建築を学ぶ一方で、独学で絵画と版画を習得。戦前の東京で画家・版画家としてのキャリアをスタートさせ、終戦後は1959年に帰米し、晩年までニューヨークを拠点に創作活動を続けました。

安瑆の最大の功績は、日本の伝統木版技法を基盤としながら、「色面織り」と呼ばれる独自の木版技法を確立したことです。この技法により、色彩の重層的な表現を可能にし、1970年の「第35回ヴェネツィア・ビエンナーレ」では米国代表として出品するなど、国際的に高い評価を得ました。

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俊子の初の回顧展 隠れた才能に光

一方、内間俊子は、洋画家・小磯良平に師事して絵画を学び、1951年に大阪で結成されたデモクラート美術家協会に参加。抽象画を中心に発表を重ねた後、1956年には女性版画家9人で女流版画会を立ち上げ、木版画制作に注力します。

俊子の画業は、1968年を境に大きな転換を迎えます。既製品を組み合わせたコラージュ作品へと作風を一変させ、独自の表現世界を展開。1982年に脳梗塞で倒れた夫・安瑆の介護をしながらも、1999年まで制作を続けました。本展は、俊子にとって初めての回顧展であり、その全貌が明らかになる貴重な機会となっています。

互いを尊重した創作の共生

2人は1952年に出会い、1954年に結婚。日米の美術関係者をつなぐ架け橋としても大きな役割を果たしました。生前から日本と米国で2人展を重ね、作品をともに展示してきた夫妻ですが、本展で注目すべきは、同時期に制作された木版画において、互いの影響関係がほとんど見られない点です。

芸術家夫妻において、妻が夫の影となるケースは少なくありません。しかし、内間夫妻は作家として互いを尊重し、独立した創作活動を維持。その積み重ねが、今回の展覧会に結実していることが、作品を通じて鮮明に伝わってきます。

晩年の作品に込められた記憶

俊子の晩年のコラージュ作品には、交流のあった彫刻家・イサム・ノグチのランプ作品の支持体や、安瑆が使用していた道具が取り込まれています。これらは単なる素材ではなく、夫妻の共同生活と創作の記憶が紡がれた証しと言えるでしょう。

美術史上の評価では安瑆が先行する傾向がありますが、本展はそうした偏りをも内包する視座を提供。俊子の作品からは、評価の枠組みを超えた深い芸術性が感じ取れます。

「内間安瑆・俊子展 色を織り、記憶を紡ぐ」は、神奈川県葉山町の県立近代美術館葉山で5月31日まで開催中です(月曜休館、5月4日は開館)。日米の美術を生きた夫妻の軌跡を、多角的に鑑賞できる貴重な展覧会となっています。

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