居酒屋での偶然の出会いが人生を変えた パラスノーボード選手・坂下恵里の挑戦
居酒屋での出会いが人生変えた パラ選手・坂下恵里の挑戦

居酒屋での運命的な出会いが絶望を希望に変えた

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックに初出場した坂下恵里選手(33歳)は、交通事故で左脚を失い、目標を見失っていた日々に終止符を打った。その原動力となったのは、自宅近くの居酒屋で偶然隣り合わせた女性との出会いだった。日本初のスノーボード女子代表として、彼女は「障害を負っても前向きに頑張り続けたら夢はかなえられるということを知ってほしい」と語る。

交通事故で左脚切断、職場復帰も困難に

坂下選手が23歳の冬、バイク運転中に交差点で車に衝突され、左脚の切断を余儀なくされたのは、ドキュメンタリー映像制作者として働き始めて3年目の頃だった。退院後、職場復帰を果たしたものの、義足での現場仕事は難しく、周囲に気を使わせることに心苦しさを感じ、退職を決断。その後、事務職などを転々とするも、新たな目標を見いだせない生活が3年ほど続いた。

居酒屋での偶然がスノーボードへの道を開く

そんな中、自宅近くの居酒屋で飲食店従業員の市川智里さん(31歳)と偶然隣り合わせ、打ち解けた。市川さんがスノーボードを趣味としていると知り、坂下選手も事故後、1、2回義足で滑った経験があったことから、勢いで日帰りで群馬のゲレンデに向かった。市川さんの上手な滑りに心を動かされ、「かっこいい。私もうまくなりたい」と感じた坂下選手は、定期的にゲレンデに通うようになった。

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育成選手に選抜され、パラリンピック代表へ

市川さんに動画を撮ってもらいながら滑り、アドバイスを受けるうちに上達を実感し、心から楽しめることを見つけた。程なくして、日本障害者スキー連盟がスノーボードの育成選手を探していると知り、軽い気持ちで動画を送ると声がかかり、専門的な指導を受けられるようになった。前回の北京大会後、代表チームに選抜され、女子ではただ一人の代表となった。

周囲のサポートで自信を取り戻し、大会に挑戦

周囲のレベルの高さに自信をなくすこともあったが、そんな時は市川さんに愚痴を聞いてもらい、気持ちを切り替えた。市川さんは「パラに出るだけでもすごい。胸を張っていい」と励まし続けた。8日のスノーボードクロスでは8位に入賞し、最後の種目である13日のバンクドスラロームに臨む坂下選手は、「彼女に出会って新しい夢ができた」と市川さんへの感謝を胸に滑り出す。

この物語は、障害を負っても前向きに努力し続けることの大切さを教えてくれる。坂下選手の雄姿は、多くの人に希望と勇気を与えるに違いない。

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