石巻から能登へ 被災地経験者の助言が生んだ防災のリスタート
石巻から能登へ 被災地経験者の助言が防災に活かされる

被災地の経験を次の災害に活かす

石川県志賀町役場に、石巻市職員で元雄勝総合支所長の及川剛さん(62)が昨春までの1年間派遣されました。配属先は防災業務を担う環境安全課で、能登半島地震の支援金申請受け付けや公費解体の相談対応が主な任務でした。

「震災後3年頃がピーク」という貴重な助言

隣の机で一緒に働いた主任の山守雄太さん(34)は、及川さんから「震災後3年頃がピークだよ」と教えられました。石巻市では緊急的な業務が落ち着いた2014年頃に、心身の疲労を訴える職員が相次いだ経験からです。「無理しすぎないように」という助言を、山守さんは胸に刻みました。

町施設の避難所閉鎖が決まり、片づけに行った際、及川さんは課員に「今回の地震対応が終わりではない。リスタート(再出発)だから」と話しました。次の災害が必ず来るという認識から、水や簡易トイレなどの備蓄品を早めにそろえ直すことになったのです。

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「先を見据えた助言を、経験者の生の声で聞けた」と山守さんは感謝の言葉を述べています。

住民と共に歩んだ石巻での経験

及川さんは河北町出身で、東日本大震災時は河北総合支所で避難所対応にあたりました。2015年春からは雄勝総合支所地域振興課へ異動し、道の駅の開業や防災集団移転の調整などを担当しました。

最も力を入れたのは、住民の輪の中に入り込み、一緒に考えることでした。若者らのまちづくりの会合には職務外ながら顔を出し、「これからの雄勝をどうしていきたい?」と議論を交わしました。集団移転後の住民にも「手伝うよ」と声をかけ、町内会の設立に関わりました。

今も月に1度は市報を届けに集会所に出向き、団地の夏祭りや花見遠足の相談に乗り続けています。仲良くなった住民に「ここにきて良かった?」と聞くと、「しかたねえべ」と返ってくることもあり、大きな復興の流れについていけない人もいる現実を目の当たりにしました。

恩返しの思いで引き受けた派遣

志賀町への派遣打診は、「自分の経験が役に立つのなら」と二つ返事で引き受けました。志賀町は震災のわずか3週間後、石巻に応援の保健師を派遣してくれた経緯があり、ささやかながら恩返しができると考えたからです。

派遣先では窓口相談をよく任され、「先が見えなくて不安」と語る住民の愚痴や雑談に、じっくり付き合いました。防災服には「石巻市」の文字が入っており、「あなたなら気持ちを分かってくれる」と長々話し込んでいく人もいたといいます。

「被災地の人びとの不安や迷いはどこでも変わらない」と、応援を終えた及川さんは実感しました。

全国に広がる自治体ネットワーク

もう一つの収穫は、他の自治体職員とのネットワークができたことです。同じ課には愛媛県や福井県、鹿児島県から来た人もおり、お互い元の職場に戻っても、四国の自治体職員から「津波避難タワーや避難所運営について知りたい」などと、たまに電話がかかってくるようになりました。

「能登をきっかけに、震災の教訓を全国に伝える機会ができた。出会いに感謝です」と及川さんは語ります。近々休みをとって、また志賀町を訪ねたいと考えています。

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