水俣病公式確認70年シンポジウム、患者の苦悩と差別の実態を訴える
水俣病の公式確認から、2026年5月1日で70年を迎えるのを前に、熊本県水俣市でシンポジウムが開催されました。患者や被害者らで構成される「水俣病被害者・支援者連絡会」が主催し、認定患者団体「水俣病互助会」の岩本昭則会長(75歳)が講演を行い、長年にわたる差別と苦悩を語りました。
岩本さんの人生と差別の経験
岩本さんは、水俣病が多発した水俣市湯堂地区で生まれ、6歳で認定を受けました。小学校時代は入院先の病院から通学し、手先の不自由さから「奇病だ」と差別されました。中学卒業後、大阪の工場に集団就職しましたが、水俣病患者であることが知られると、「そばに来るな」と拒絶され、転職を繰り返すも状況は改善しませんでした。
30代半ばで故郷に戻ると、今度は患者の補償金を目当てに「金を貸してくれ」とせがまれるなど、新たな苦難に直面しました。岩本さんはこうしたつらい過去を長年語ることを避けてきましたが、2016年の公式確認60年を機に、「患者も多くが亡くなり、被害を伝えられるのは自分たちしかいない」と考え、互助会の総会で初めて経験を共有しました。
シンポジウムの意義と今後の取り組み
現在、互助会の会長を務める岩本さんは、「70年たった今も水俣病で不自由な人がいることを訴え続けたい」と強調しました。この日のシンポジウムでは、水俣病に詳しい医師ら2人も被害の実態について講演し、過去から現在までの影響を詳しく解説しました。
シンポジウムは「過去、現在、未来」をテーマに、5月までに計3回開催される予定です。第2回は4月29日、第3回は5月23日に実施され、水俣病の歴史と教訓を次世代に伝える重要な機会となっています。
水俣病は、1956年に公式確認されて以来、多くの患者と家族が健康被害や社会的差別に苦しんできました。今回のシンポジウムは、その苦難を振り返り、未来への提言を行う場として、地域社会や全国にメッセージを発信しています。



