東日本大震災から15年、福島から岡山へ避難した59歳の複雑な思い
震災避難者59歳、故郷と現在の狭間で葛藤 (04.03.2026)

東日本大震災から15年、福島から岡山へ避難した59歳の複雑な思い

2011年3月に発生した東日本大震災で被災し、福島県富岡町から岡山県へ避難した中村裕昭さん(59)は、今も岡山で暮らし続けている。震災から15年が経過した現在、彼は一人暮らしを送りながら、故郷への複雑な感情を抱えている。

避難生活の始まりと岡山での新たな生活

震災では、中村さんの自宅近くに住んでいたゴルフ仲間など、約10人の知人が犠牲となった。自宅自体に大きな被害はなかったものの、震災翌日に起きた福島第一原発事故により、半径20キロ圏内にある町内全域に避難指示が出された。妻と子供3人と共に避難先を探していた中村さんは、新聞で岡山県高梁市が学校や住宅など受け入れ環境を整えていることを知り、翌月に移り住んだ。

数か月後、気になって自宅を見に行くと、雨漏りで床や畳が腐り、動物が入り込んだのか獣臭が漂っていた。居住制限区域の解除が見通せなかったこともあり、数年後には取り壊してしまったという。

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岡山での生活と健康問題

「目の前のことに精いっぱいだった」と振り返る中村さんは、岡山では引っ越し作業員のアルバイトなどで生計を立ててきた。しかし、5年ほど前に離婚し、子供とも離れて一人暮らしとなった。自宅跡の居住制限が解除されていたこともあり、福島に戻ろうかと迷った時期もあった。

だが、岡山市に移った後、2022年に脊椎の病気を患い、2年半の入院生活を余儀なくされた。現在もリハビリを続けており、福島へ最後に帰ったのは4年以上前のことだ。

故郷への思いと葛藤

周囲の避難者は首都圏出身者が多く、「話が合いづらい。文化や風土も違う。地元の方がいいという思いはあるが、今更戻っても仕方ない」と複雑な胸中を明かす。中村さんは静かに語る。「今も戻りたい気持ちはどこかにある。でも、復興が進んだ街は自分が知る故郷とは違うし、つらい思いばかりが浮かんでしまいそう」。

「あっという間の15年だった」と振り返る中村さんは、震災の記憶と現在の生活の狭間で、深い葛藤を抱え続けている。

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