地域の命を守る役割と直面した現実
大規模災害が発生した際、人々を救おうとして自らの命を落とす事例が後を絶たない。特に東日本大震災では、地域の福祉や見守りを担う民生委員が多数犠牲となる悲劇が発生した。津波が迫る緊迫した状況下で、担当地域の高齢者や障害者などの安否確認に奔走した民生委員は、計56人にのぼることが明らかになっている。
24年にわたる民生委員としての経験
宮城県石巻市八幡町で民生委員を24年間務める蟻坂隆さん(75)は、学習塾を経営するかたわら、昼間に時間があったことからこの役割を引き受けてきた。地域に根ざした活動を続ける中で、住民一人ひとりの顔と事情を知る存在として信頼を築いてきた。
2011年3月11日、蟻坂さんはたまたま仙台市に滞在していた。激しい揺れを感じた後、車で5時間をかけて石巻市へと戻ると、旧北上川のそばにあった自宅は床上まで津波が押し寄せ大規模半壊状態となっていた。さらに近隣に住んでいた義母と義弟が亡くなるという悲劇にも直面した。当時350世帯が暮らしていた八幡町では、38人もの住民が犠牲となったのである。
先進的な個別避難計画の先駆け
石巻市では震災以前から、民生委員が中心となって避難に手助けが必要な住民を事前に登録し、支援者を決めておくシステムが構築されていた。これは現在「個別避難計画」として全国的に注目される取り組みの先駆けとなるものだった。
蟻坂さんは同じ町内に住む、目が不自由で一人暮らしをしている男性の支援者として指名されていた。もしあの日、石巻市にいたならば、真っ先にその男性のもとへ駆けつけていただろう。そして普段から声をかけ合っている他の高齢者の家も一軒一軒回り、安否確認を行っていたに違いない。
「自分が死んでいたかもしれない」そう振り返る蟻坂さんには、顔見知りの住民を助けたいという強い「情」が確かに存在する。しかし同時に、自らの安全を確保しなければならないという現実的な課題にも直面している。災害現場では、善意や使命感だけでは命を守ることができない厳しい現実が横たわっているのだ。
災害時の共助システムの限界と課題
東日本大震災で明らかになったのは、地域の見守りを担う民生委員や支援者自身が被災し、場合によっては命を落とすリスクがあるという事実である。災害時には、支援を必要とする人々の安全を確保すると同時に、支援者自身の安全も守られるようなシステム構築が急務となっている。
特に高齢化が進む地域社会では、民生委員自身も高齢であるケースが少なくない。災害発生時に迅速な判断と行動が求められる状況下で、適切な避難行動を取ることができるかどうかは重大な課題だ。また、支援者としての責任感から、危険を承知で被支援者のもとへ向かわざるを得ない心理的圧力も存在する。
今後の防災体制に向けた提言
地域の共助を強化するためには、以下のような取り組みが必要と考えられる。
- 民生委員や支援者に対する定期的な防災訓練の実施
- 災害時の行動マニュアルの明確化と周知徹底
- 支援者自身の安全を確保するための装備や情報提供の充実
- 複数の支援者によるバックアップ体制の構築
- 地域全体で災害に強いコミュニティ形成を目指す意識改革
東日本大震災から得た教訓を活かし、今後発生が予想される大規模災害に備えることが、犠牲となった56人の民生委員への何よりの追悼となるだろう。地域の「命の守り手」が自らの命を危険にさらすことなく、効果的な支援活動を行える環境整備が急がれている。
