在日コリアンの高齢化で記録散逸の危機 関西で資料館相次ぎ開館「次世代に歴史を継承」
在日コリアンが集住する関西各地で近年、歴史を伝える資料館が相次いでオープンしている。背景には、在日1世・2世の高齢化により貴重な資料が散逸しつつある現状があり、当事者らが「次世代に確実に残したい」という強い思いを抱いている。各地の資料館が連携する新たな動きも始まり、歴史継承への取り組みが広がりを見せている。
神戸のミュージアム 写真でつなぐルーツと記憶
神戸市長田区のJR新長田駅から南に約200メートル、集合住宅が立ち並ぶ一角に「神戸在日コリアンくらしとことばのミュージアム」が存在する。約80平方メートルの展示室は全面ガラス張りで、歩道からでもジオラマや写真など100点近くの展示物を目にすることができる。
特に注目を集めるのは、壁一面を覆う在日コリアンたちの写真コレクションだ。家族の集合写真、友人同士でポーズを決めた一枚、葬儀の記録など、地域住民らが寄贈した多様な画像が展示されている。長田地区は戦前から在日コリアンが集住し、地元で盛んなケミカルシューズ産業に携わる住民が多い歴史を持つ。同館では、往時の工房を再現した精巧なジオラマや、靴作りに使用されたはさみや釘抜きなどの実物資料も展示している。
同館は2024年末、地域で子どもの教育支援を20年以上続けてきた在日2世の金信鏞さん(73)が中心となって開設した。写真や映像をメインにした展示方針には、支援してきた在日3世・4世の子どもたちに分かりやすく伝えたいという配慮が込められている。
金さんは朝鮮語を教える活動の中で、子どもたちが「自分は日本人だ」「親と自分は違う」とルーツを否定する姿を幾度も目にしてきた。自身も小学生時代、担任教師から「朝鮮人なんてどうしようもない」と言われ、在日であることを「隠さなあかん」と感じた経験を持つ。
「写真」の存在は、金さんが自身のルーツに対する思いを再確認する重要なきっかけとなった。約20年前、母親が亡くなり、両親の故郷である韓国・巨済島を訪れた際、親戚の家で若かりし頃の両親や幼い自分が写った家族写真を初めて目にした瞬間、「祖国とつながった」という感覚が湧き上がり、涙が止まらなかったという。
その後、神戸で在日コリアンに関わる写真を収集する活動を開始。展示会を開催すると、来場者が100人を超える日もあり、常設施設の必要性を痛感した。教育支援に使用してきた場所を改装し、現在のミュージアムが誕生した。
開館後は、地元の高齢者が展示を見て自身の経験を語り始めたり、大学の授業で訪れた若者が「朝鮮と日本との関係の深さを知ることができた」と感想を残したりと、幅広い世代が訪れる場となっている。近隣の中学校と連携し、生徒が放課後に朝鮮の言語や文化を学ぶ企画も進行中だ。
金さんは「未来の子どもたちに何を残せるのか。この問いを考え続けていきたい」と語る。
関西各地に広がる資料館のネットワーク
関西では近年、在日コリアンの暮らしや歴史に関する資料館が相次いで開館している。
京都府宇治市のウトロ地区では2022年、住民が中心となって3階建ての「ウトロ平和祈念館」をオープンさせた。ここでは、戦時中の飛行場建設のために朝鮮半島から労働者が集められた地区の歴史を詳細に伝えている。
1階は交流スペースとして活用され、2階では建設労働者たちが暮らした飯場の様子や、集落の土地明け渡しを巡る裁判の経緯などをパネルや映像で展示。廊下には、在日コリアンに対する差別感情を背景に、地区内で起きた2021年の放火事件についてのパネル展示も設けられている。
地元の高校生と協力して地区の記録映像制作に取り組むなど、地域との交流活動も活発化している。
日本有数の在日コリアン集住地である大阪市生野区では2023年、キムチやK-POPグッズの店が並ぶ商店街のそばに「大阪コリアタウン歴史資料館」が設立された。商店街で韓国物産店を営んできた洪性翊館長(69)が、アトリエとして使用していた建物を提供した。
洪館長は「街を訪れる若者に、なぜここにコリアタウンがあるのかを知ってもらい、日韓親善の一つの礎になれば」と期待を込める。
展示は、現在の商店街のにぎわいを起点に、植民地下の朝鮮から渡日した人々がつくった戦前の「朝鮮市場」まで、歴史をさかのぼるスタイルを採用。副理事長の伊地知紀子・大阪公立大学教授は「韓流好きの若者らの多くは、学校で植民地の歴史を十分に教えられていない。今の風景を入り口にして、学んでもらえる展示を意識した」と説明する。
館の奥には、韓国のスイーツを提供するカフェも併設され、訪れる人々の憩いの場となっている。
連携強化で歴史継承の輪が拡大
各地の在日コリアン資料館は、単独での活動だけでなく、相互連携を強化し始めている。情報交換や共同イベントの開催を通じて、在日コリアンの多様な歴史を包括的に伝えるネットワーク構築が進められている。
高齢化が進む在日1世・2世の貴重な証言や資料を確実に記録し、次世代に継承するという使命は、各施設に共通する重要な課題だ。地域ごとに異なる歴史的背景や生活文化を尊重しながら、全体として在日コリアンの歩みを後世に伝える枠組みが整いつつある。
これらの取り組みは、単なる歴史保存を超え、多文化共生社会の実現に向けた具体的な実践としても注目されている。資料館が地域コミュニティの核となり、異なる背景を持つ人々が対話を深める場として機能し始めているのだ。
在日コリアンの高齢化という時間的制約の中、記録の散逸を防ぎ、未来へと歴史をつなぐ活動は今後さらに重要性を増していく。関西各地で芽生えた小さな拠点が、やがて大きな歴史的潮流となる可能性を秘めている。



