辺野古沖転覆事故、市民団体の出航判断基準は明文化されず船長に一任
辺野古沖転覆事故、出航判断基準は明文化されず船長に一任

辺野古沖転覆事故で市民団体の出航判断基準が明文化されていなかった実態が浮き彫りに

米軍普天間飛行場の移設工事が進む沖縄県名護市辺野古沖で、市民団体が運航する船2隻が転覆し、同志社国際高校の女子生徒ら2人が死亡した事故について、運航団体が出航の判断基準を明文化していなかったことが明らかになりました。この事故では、ほかにも高校生ら14人が指の骨折や擦過傷、打撲などのけがを負い、中には歯が抜ける重傷を負った生徒もいたことが報告されています。

出航判断は船長に一任されていた

事故を起こした2隻を運航していた市民団体「ヘリ基地反対協議会」によると、出航する際は船長が気象情報や目視で海の状況を確認し、出航の可否を判断していました。風速が7、8メートルを超える場合には出航を見送るという目安はあったものの、明確な基準として文書化されていなかったと説明しています。第11管区海上保安本部の調査によれば、事故発生当時の風速は4メートルだったとされています。

事故の詳細と被害状況

事故は3月16日午前10時10分頃に発生しました。定員10人の「不屈」と定員13人の「平和丸」が転覆し、2隻に乗っていた高校生18人を含む計21人が海に投げ出されました。不屈の船長(71歳)と平和丸に乗っていた同志社国際高校の2年生(17歳)が死亡し、ほかの高校生ら14人がけがを負いました。

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同校の西田喜久夫校長は17日の記者会見で、救助された生徒の中には口の中をけがして歯が抜けたり、海水を飲んで治療を受けたりした人もいたと説明しました。生徒たちは指の骨折や擦過傷、打撲など多様な傷害を負っており、事故の衝撃の大きさがうかがえます。

事故発生時の経緯と捜査状況

第11管区海上保安本部の調査によると、2隻は工事現場周辺への立ち入りを禁止する「臨時制限区域」に沿う形で北上していました。その後、Uターンして南下していた不屈が午前10時10分頃に転覆し、後続の平和丸はその約2分後、不屈とほぼ同じ場所で転覆したとされています。

平和丸の船長は事故後の協議会などの聞き取りに対し、「平和丸は、先に転覆した不屈を助けに向かった際に転覆した」と説明しています。また、「生徒たちを避難させるか葛藤があったが、転覆した不屈に向かった」などと話したという証言もあり、救助活動中の判断が事故に繋がった可能性が指摘されています。

現在、第11管区海上保安本部は業務上過失往来危険と業務上過失致死傷の両容疑で捜査を進めており、事故の原因究明と責任の所在が焦点となっています。この事故は、市民団体の安全運航体制の不備が重大な結果を招いたケースとして、社会的な関心を集めています。

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