2024年に発覚した東京都千代田区の官製談合事件を内部告発した元部長が、区から退職金の9割を返納するよう命じられた。元部長はこの命令が不当であるとして、処分取り消しを求めて審査請求を行っている。元部長は自ら警察に情報提供した点を根拠の一つに挙げ、犯した罪を反省し犯罪追及に貢献した通報者をどのように扱うべきか、公益通報の捉え方に一石を投じている。
審査請求の内容
審査請求人である元部長の吉村以津己さん(64)は、昨年6月に受けた退職手当返納命令を不服とし、同年8月に行政不服審査法に基づき審査請求書を提出した。請求書では、事件を「区内で組織的に蔓延していた官製談合」と指摘。吉村さんの自発的な告発が「行政規律を正すことに多大な貢献をした」とし、「このような通報者に退職手当返納を求めることは、通報を阻害するものと言わざるを得ない」と批判している。
吉村さんの主張
吉村さんは2024年1月、工事業者に区の入札情報を漏らしたとして、元区議とともに官製談合防止法違反容疑で警視庁に逮捕された。捜査の端緒となったのは、吉村さん自身が警視庁に送った匿名文書で、元区議が慣習的に区職員から入札情報を聞き出し、業者に伝えている実態を、逮捕される1年以上前に告発していた。その後、吉村さんは執行猶予付きの有罪が確定したものの、東京地裁は判決で「上司からの指示・命令」があったと言及し、告発についても「本件の発覚と解明の糸口を与えた」と評価した。
区の反論
一方、千代田区は審査請求への弁明書で、吉村さんが漏えいからしばらく告発しなかった経緯を指摘し、「2年以上もの間、隠ぺいし続けたとも捉えられる」「2年以上もの時間がたってから告発したことをもって、重大な非違行為の責任が免ぜられるものではない」と主張している。区は元副区長が刑事的に追及されなかった点を強調し、組織的な関与を否定している。
代理人の見解
吉村さんの代理人である大城聡弁護士は、「区は区議に情報を伝える見返りに、議会対応で区議の協力を受けていた。官製談合で利益を得ていた区のかたくなな態度からは、『裏切り者は許さない』という考えが透けて見える」と指摘。「上司の指示とはいえ、吉村さんが不正に加わったのは事実だが、その後の公益的な貢献には一定の配慮が必要だ」と強調する。
公益通報をめぐる現状
官公庁や企業内部の不祥事の発覚や解明に大きく貢献する公益通報。通報者が声を上げることをためらわないよう、法律で通報者の保護が定められているものの、実際は組織の報復的な処分や訴訟が後を絶たない。
他事例との比較
兵庫県では2024年、斎藤元彦知事の疑惑を告発する文書を報道機関に配った幹部職員が停職処分を受けた。同年には、鹿児島県警の不祥事をまとめた文書を外部に送った元生活安全部長が、国家公務員法(守秘義務)違反罪で起訴された。民間企業でも、サカイ引越センターが2025年、会社の信用を傷つけたとして、内部告発した元従業員らに損害賠償を求めて提訴している。
専門家の指摘
公益通報者保護法は、公益通報を理由とした解雇を無効とし、降格や減給、退職金の不支給などの不利益な取り扱いも禁じている。しかし、組織側が「告発は公益通報に当たらない」と主張し、訴訟や処分に踏み切るケースが目立つ。さらに、千代田区の事案のような刑事事件では、犯罪に加担した人物が通報した際の免責制度はそもそも存在しない。公益通報に詳しい淑徳大学の日野勝吾教授は「社会に大きな影響を及ぼす組織的な犯罪を告発するなど公益性が高い場合は、罪を減免できる規定を検討すべきではないか」と指摘する。
今後の見通し
審査請求は現在、双方が文書で主張を示す書面審理が続いており、今後は必要に応じて口頭の審理を行う。区は審理員がまとめた意見書を受け、請求を認めるかどうかを決める。官製談合や入札談合は組織や業界内で秘密裏に行われるため、内部告発がなければ発覚しにくい。公正取引委員会では、カルテルや入札談合に関与した事業者が自ら違反内容を報告した場合、課徴金を減免する制度を設け、自発的な告発を促している。



