台東区の東京大空襲追悼集会を17年けん引 川杉元延さん83歳で死去
東京都台東区で「東京大空襲犠牲者追悼・記念資料展実行委員会」の委員長を17年間にわたり務めた川杉元延さんが、昨年5月8日に83歳で亡くなりました。前立腺がんによるもので、長年にわたる平和運動の中心人物を失った地域関係者からは深い悲しみの声が上がっています。
地域に根ざした平和運動を推進
川杉さんは青梅市のご出身で、出版社での勤務を経て退職後、下町の庶民文化と平和を守る市民団体「下町人間の会」に参加し、理事長を務めていました。かつての取材では「9条改憲に反対し、戦争する国づくりの阻止を目指す、地域に根ざした平和運動を進めている」と語り、その信念を貫き通しました。
同会でともに活動してきた吉田幸子さん(78)は「人情味あふれる、懐の深い人だった。面倒見が良くて誰からも慕われ、愛されていた」と川杉さんを偲びます。ゴルフやスキー、祭りなどにも熱中し、「人生を楽しむのが好きな人だった」とその生き方を振り返ります。
責任感強く豪快な人柄
さまざまなイベントの主催や雑誌の発行において、川杉さんは裏方の仕事も積極的に引き受けていました。吉田さんは「責任感が強くて豪快。お酒が大好きで、よく湯飲みで日本酒を飲んでいた」と当時を懐かしみます。また、「つらくても顔に出さない人だった。あの笑顔がもう見られないなんて」と惜しむ声も聞かれます。
昨年の隅田公園での追悼集会では、体調悪化のため参加できなかった川杉さんでしたが、あいさつ文を用意していました。そこには「再び惨禍を繰り返させないために、憲法9条を輝かせ、戦争による惨劇の実相を風化させず、平和の大切さを次世代につないで語り継ぎます」との力強いメッセージが記されていました。
17年間の追悼活動の軌跡
川杉さんが委員長を務めた実行委員会は、東京大空襲の犠牲者を追悼し、その記憶を後世に伝える活動を続けてきました。17年間にわたるその取り組みは、地域の平和意識を高め、多くの市民に影響を与えてきました。川杉さんの死去は、こうした活動に大きな空白を生み出していますが、その遺志は関係者によって引き継がれていく見込みです。
川杉元延さんの生涯は、戦争の惨禍を風化させず、平和を希求する活動に捧げられたものでした。その言葉と笑顔は、台東区をはじめとする多くの人々の胸に深く刻まれることでしょう。



