「推しの沼」と「社会の海」、どちらも手放さずに生きたい 栃木の新聞記者が考える
「推しの沼」と「社会の海」、どちらも手放さずに

「推しの沼」と「社会の海」の狭間で

本屋大賞を受賞した朝井リョウさんの話題作「イン・ザ・メガチャーチ」を読んだ。この小説のメインテーマは「推し活」だ。著者は「見たいものしか見ない現代人」のリアルを鋭く描き出している。登場人物たちは、現実の息苦しさから距離を置き、自分が興味を持つ世界に没頭する。それはまるで防音室に入り、好きな音楽だけに耳を澄ます聖域のようなものだ。熱狂的な仲間とネットで深くつながる快楽は、一度味わうと容易に抜け出せない。

電車の中で見た光景

そんな読後感を抱えたまま電車に乗り込んだ。車内を見渡すと、ほぼすべての乗客がスマートフォンの小さな画面を凝視している。それぞれが自分だけの「メガチャーチ」に閉じこもる光景に、少し背筋が冷えた。そんな中、新聞をパタパタと器用に折りたたんで読むおじさんを見つけた。まるで絶滅危惧種に遭遇したかのような懐かしさを覚えた。新聞は、遠い国の戦争から地域の片隅で起きた出来事まで、興味の有無にかかわらず、広い世界とつないでくれるツールだ。

視野の狭さと広さの幸福

著者は読者に問いかける。視野は狭い方が幸せなのか、それとも広い方が幸せなのか。沼に深く潜る聖域の心地よさは理解できる。一方で、社会という大海原を見失うのも怖い。どちらも手放さずに生きていけたら、と思う。(足利支局・梅村武史)

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