第二の人生を古里で挑戦 神奈川から高知へUターンした57歳の新たな挑戦
神奈川から高知へUターン 57歳の第二の人生挑戦

第二の人生を古里で挑戦 神奈川から高知へUターンした57歳の新たな挑戦

昨年末、中島浩正さん(57)は、35年間にわたって勤務した大手電機メーカーを退職し、人生に一つの区切りを付けました。住み慣れた都会を離れ、高校生まで過ごした古里である高知にUターン。再就職先として選んだのは、高知市に本社を置く農業機械部品メーカー「太陽」です。異業種への挑戦について、中島さんは「もうワクワクで、『やったるでー』の気分」と笑顔を見せています。

異業種での新たな役割と意気込み

太陽は、耕運機やトラクターの「爪」の製造販売で、国内シェア約4割を誇る企業です。さらに、廃食油をボイラー燃料として再資源化するシステム装置を開発する環境分野にも取り組んでおり、中島さんはそのプロジェクトを担当するE&A事業部に所属しています。

「まだ見習いの身分」と謙遜しつつも、中島さんはこう意気込みます。「1日に1台、週に1台という売り方をする製品ではありません。廃油の種類やメンテナンスなど、お客様のニーズに合わせてゼロから作り上げる。相手とコミュニケーションをしながら課題解決型の営業を進め、会社に貢献したいと考えています」。

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転機となった決断とUターンの背景

中島さんは南国市で生まれ、高知市の県立高校を経て、福岡県の工学系大学に進学しました。大手電機メーカーに就職したものの、「モノ作りは、性格的に合わない」と感じ、営業マンの道を歩みました。最初の3年間は朝から晩までがむしゃらに働き、妻と子ども4人に恵まれ、神奈川県藤沢市に自宅を構えました。社内の人間関係も良好で、課長まで昇進しました。

しかし、数年前から社内でリストラが始まるとの情報を耳にし、子どもが成長しても身軽になれない自身を省みて、「仕事を続ける意味があるのか」ともやもやとした気持ちを抱くようになりました。親族や、高校時代の友達や恩師がいる高知に戻ろうかと考えるようになり、家族にも相談を始めました。

昨年2月、社長が事業の見直しを表明したことで踏ん切りが付きました。東京で開催された高知県の移住相談会に参加した際、太陽が自分のような人材を求めていることを知り、「経験を生かせる。ここで頑張ろう」と決意しました。

新たな生活の始まりと未来への展望

満足のいく新居を見つけるには時間が必要でしたが、高知市の「いっく」に入居して家探しを始め、約1か月で通勤などに便利な物件を市内で見つけました。「『いっく』は家賃が安くて交通や買い物など生活するのにとても便利。ありがたかった」と振り返ります。

今年に入り、待望のセカンドライフが始まりました。新居は海や山、川のどれもが近くにあり、自然豊かな環境です。現在は単身ですが、いずれは妻を呼び、遊びに来た孫たちに心ゆくまで自然を満喫してほしいと願っています。

中島さんは、これまでの人生を振り返り、「自分は仕事や子育てで余裕がなく、人生を楽しんでこなかったな」と語ります。今後は、「釣り、ゴルフ、畑作業……。何かハマるものを見つけたい」と考え、自分への投資を惜しまないつもりです。

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