豊浜トンネル崩落から30年、自衛隊員の経験が災害対応に生かされる
豊浜トンネル崩落30年、自衛隊員の経験が災害対応に活かされる (13.03.2026)

豊浜トンネル崩落事故から30年、自衛隊員の経験が災害対応の礎に

1996年2月、北海道古平町の豊浜トンネルで巨大な岩盤が崩落し、20人が犠牲となった痛ましい事故が発生した。この事故から今年で30年を迎えるが、当時救出活動に当たった陸上自衛隊倶知安駐屯地の隊員たちは、今もその経験を糧に活動を続けている。事故の記憶は、災害対応における貴重な教訓として、隊員たちの心に深く刻まれている。

救出活動で得た冷静さと率先行動の重要性

自衛隊車両を整備する部隊に所属する山岡可典・1等陸曹(50歳)は、事故当時入隊2年目の20歳だった。山岡さんは、発生から2日目の早朝にトンネルに到着したものの、すぐには救出に入れなかったことを振り返る。トンネル内には多くの人々が乗ったバスや乗用車が閉じ込められており、「もどかしかった」と当時の感情を語る。

トンネル内に入ったのは、発生から5日目の14日だった。がれきの中につぶれたバスのバンパーが見え、埋もれた人を傷つけないよう、手でがれきを取り除いた。人影が見えると無心で周りの岩を除去する日々が続き、「自衛官としての意識が変わった」と山岡さんは強調する。当時は上官の指示を行動に移すのが精いっぱいで、言われたことしかできなかった後悔から、率先して行動することを心掛けるようになったという。

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災害現場での経験が後輩指導に活かされる

山岡さんはその後、東日本大震災で被災した岩手県宮古市などで活動し、主に災害現場で隊員の生活を支援する仕事を担ってきた。「あの時救出活動をしたことで、災害時も身構えることがなくなり、落ち着いて活動できている」と話し、豊浜トンネルの経験がその後の活動に大きく影響していることを明かす。

災害時に自衛隊が果たす役割は大きく、2018年に道内で起きた胆振東部地震の際には、北部方面隊が行方不明者の捜索や土砂除去に加え、被災者向けの炊き出しや仮設浴場の整備も担った。しかし、後輩には災害現場での活動経験がない若手も多く、山岡さんは「自分で考えて行動する」ことの大切さを伝え続けている。「経験を後輩に伝え、被災者の救助や復興に貢献したい」と気持ちを新たにしている。

安全対策の進捗と今後の課題

事故後、国土交通省北海道開発局は安全対策が必要と判断した国道沿いの斜面を点検し、落石や岩盤崩落の可能性がある場所を600か所以上洗い出した。落石ネットの設置や危険地点を迂回するルートの新設などが進められてきたが、昨年4月時点で対策が完了していない地点は268か所に上る。

定期点検は継続されているものの、工期が1年以上かかる場合や数十億円規模の予算が必要なケースもあり、対策に時間がかかっているという。豊浜トンネルは事故後、岩盤が崩落した現場を迂回する新たなルートとなっており、管理する道開発局小樽道路事務所の片岡敏行所長は「利用者が安心して通行できるよう、継続して道路の維持管理に努めていきたい」と述べている。

30年の時を経て、豊浜トンネル崩落事故は、災害対応における自衛隊の役割と安全対策の重要性を改めて浮き彫りにしている。隊員たちの経験は、今後も北海道の防災活動に生かされ続けるだろう。

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