愛知県名古屋市熱田区に所在した7世紀前半の古墳「高蔵1号墳」から出土し、名古屋市博物館が破片を含む35点を所蔵する宝飾品の鉛ガラス丸玉が、同時期に朝鮮半島南西部を支配した百済で製造されたことが、同館や奈良文化財研究所(奈文研)などの科学的調査で明らかになった。判明していない被葬者の人物像や、鉛ガラスの伝播過程を解明する上で重要な成果と位置づけられる。
古墳の概要と出土品
高蔵1号墳は、6~7世紀に当時海に面していた熱田台地上に築造され、名古屋市教育委員会が8基を登録する高蔵古墳群の一つである。名古屋大学の調査では、直径約18メートル、高さ約2メートルの円墳と推定されたが、高蔵公園の整備に伴い墳丘は消失した。横穴式石室の構築には、現在の岐阜県可児市など木曽川中流域の石材が使用された可能性が高く、計5人が順次埋葬された。ヤマト王権との関係を示す銀装飾付きの大刀を含む出土品は、2019年度に名古屋大学から市博物館へ寄贈された。
鉛ガラス丸玉の特徴
鉛と石英を主原料とする鉛ガラスの国産化は7世紀後半とされ、それ以前の国内出土例は朝鮮半島に近い九州北部に集中している。高蔵1号墳の丸玉は、本州では限られた事例の一つで、1954年に名古屋大学の発掘調査で発見された。被葬者の下顎の歯が近くに残り、周囲50センチ四方に輪状に並んでいたことから、首飾りとして使用されたと解釈されている。
市博物館は今回、高蔵1号墳の図版目録を刊行するため、出土資料を詳細に調査。破片6点を含む丸玉はやや扁平な形状で、完全な状態のものは重量10~12グラム、紐を通す穴の直径は約2ミリ。表面には溶けた鉛ガラスを心棒に巻いて成形した渦状の跡や、銅の着色剤による緑色が確認された。
鉛同位体比分析の結果
鉛の産出地域を高精度で推定できる鉛同位体比分析により、丸玉の破片1点を調査したところ、百済関連の生産工房があった韓国・全北特別自治道益山市の王宮里遺跡や弥勒寺遺跡で出土した鉛ガラス資料とデータの傾向が一致。両遺跡の資料と同じ朝鮮半島南西部で生産されたことが判明した。
市博物館の広瀬正嗣学芸員は「丸玉の正確な入手経路は不明だが、被葬者の地位の高さがさらに裏付けられた」と指摘する。
分析にはデータ処理に高い技術が不可欠で、出土品の一部を硝酸などで溶解してサンプルを得る必要があるため、調査可能な事例は限られる。協力した奈文研の田村朋美主任研究員(保存科学・文化財科学)によると、国内で出土した7世紀前半の鉛ガラスのうち、この方法による学術的に有効な分析例は未公表分を含め20遺跡程度。中部地方では、生産地に関して信頼できる結果はこれまでなかった。
朝鮮半島との比較が可能になったのは王宮里遺跡などで研究が進んだ2000年代以降であり、今後分析を重ねて鉛ガラスの国内での展開過程を探る上でも有意義とされる。
今後の展示予定
市博物館は大規模改修工事のため長期休館中だが、高蔵1号墳の出土品は2028年4月に再オープン予定の常設展示で目玉資料の一つとなることが決定している。



