ウイスキーのたるがずらりと並ぶ貯蔵庫の中で、山口哲蔵さんは「ウイスキーは時間をかけて造るお酒です」と語る。郡山市のJR安積永盛駅から徒歩約15分の場所にある老舗酒蔵「笹の川酒造」は、1765年(明和2年)創業の歴史を誇る。その敷地内に併設されているのが、ウイスキー製造を行う安積蒸溜所だ。
ウイスキー造りの歴史
笹の川酒造におけるウイスキー造りの歴史は、1940年に合成清酒製造の免許を取得したことにさかのぼる。当時はコメ不足が深刻で、その対策として合成清酒の製造が認められたのだ。終戦後の1946年にはウイスキーの製造免許も取得。戦後、欧米文化が急速に流入する中で、同社はウイスキー造りに本格的に取り組み始めた。
1980年代の第一次ウイスキーブームでは、チェリーウイスキーが「北のチェリー」と称され、全国的な人気を博した。しかし、1989年にウイスキーの等級制度が廃止された影響で価格体系が崩壊し、全国的に売り上げが激減。笹の川酒造もウイスキーの蒸留を一時休止せざるを得なくなった。さらに焼酎ブームも重なり、ウイスキー業界は長きにわたる不遇の時代を迎えた。
創業250年を機に再開
転機が訪れたのは2004年。10代目の山口哲蔵さん(72)が、「ベンチャーウイスキー」(埼玉県秩父市)の創業者である肥土伊知郎さんと運命的な出会いを果たす。肥土さんは、人手に渡った父の会社に残されたウイスキー原酒の預かり先を探していたが、ウイスキー業界はどん底でなかなか引き受け手が見つからなかった。そんな折、肥土さんを紹介された山口さんが快く引き受けることを決断。「ウイスキーは時間をかけて造るものです。それを捨ててしまうのは業界にとって大きな損失だと思いました」と山口さんは振り返る。この原酒は後に、世界的に評価されるウイスキー「イチローズモルト」へと成長する。肥土さんはその後も頻繁に笹の川酒造を訪れ、交流を深めた。「ウイスキーはいずれ間違いなく売れる」という肥土さんの強い信念に触れ、山口さんは新たな挑戦を決意する。
笹の川酒造は2015年の創業250年を機に、ウイスキーの蒸留を再開する。ハイボールブームが始まり、日本のウイスキーの国際的な評価も上昇していた。商談会でフランスの卸会社から「ぜひやってほしい」と要望を受けたことも後押しとなった。再開にあたり、もろみを蒸留するための銅製の釜「ポットスチル」などの機器を新調。「ウイスキーは味が重要で、その味を決めるのはポットスチルです」と山口さんは強調する。安価なスコットランド製ではなく、国産のポットスチルを採用し、「しっかりとした味」にこだわって設計した。ウイスキーが好きだった社員たちも積極的に関わり、肥土さんの助言も仰ぎながら蒸溜所を完成させた。山口さんは「右も左もわからず、見切り発車でしたが、『今ならウイスキーができる』という気合がありました」と当時を振り返る。
調合体験や試飲も人気
翌2016年に安積蒸溜所が本格始動。2019年には3年熟成した「安積ザファースト」を出荷し、2022年には英国のウイスキー専門誌が主催する国際品評会「ワールド・ウイスキー・アワード」で世界最高賞を受賞する快挙を達成した。現在は無料の見学コースに加え、自分だけのオリジナルブレンドウイスキーを造る「ハンドフィル」体験やウイスキーの試飲を組み込んだ有料のプレミアムコースを毎月開催し、愛好家から高い人気を集めている。
安積蒸溜所が構えてから10年。山口さんは「ウイスキーは先送りで将来のために造るお酒です。自分でこれならいけると思うものを造り、出し続けていきたい」と今後の展望を語る。
施設情報
- 住所:郡山市笹川1の178
- 見学:無料コースは毎週水曜日(祝日除く)午後1時半~2時半。プレミアムコース(有料)は毎月第2金曜日(祝日の場合は第3金曜日)午後1時半~3時半。12月は休止。事前予約制。
- 営業:併設ショップは平日(祝日除く)午前9時~午後4時。
- 問い合わせ:笹の川酒造(電話)024-945-0261
アクセス:JR安積永盛駅
郡山市のJR安積永盛駅は、1909年に笹川駅として開業。久慈川の清流に沿って走ることから「奥久慈清流ライン」の愛称を持つ水郡線の終着駅であり、東北線も乗り入れる。1日当たりの平均乗降客数は約2500人。近くには日本大学工学部や高校があり、学生や生徒の利用が多い。2021年には西口広場に一般車とバスの乗降場、待合所、駐輪場が整備された。



