南房総・館山発スープカレー、地元野菜とジビエで本場札幌に挑む
館山スープカレー、地元食材で札幌に挑む

南房総の温暖な地から生まれたスープカレー、本場札幌への挑戦

房総半島の南西端に位置する千葉県館山市。この温暖な地で、スープカレーづくりに情熱を注ぐ店主がいる。小さなカフェ「AWA cafe」を営む細見卓史さん(47)だ。「本場を揺るがす南房総館山発スープカレー」を掲げ、北の本場・札幌に挑む。地元の鶏肉やイノシシ肉、旬の野菜をふんだんに使ったスープカレーは評判を呼び、市の「館山ブランド」にも認定された。南の地から生まれたスープカレーの魅力に迫る。

房総の恵みを一皿に凝縮

JR館山駅からさらに南へ車で約20分。金運や商売繁盛のパワースポットとして知られる安房神社の前に店はある。細見さんと、小学5年生の長男が出迎えてくれた。マラソンが得意という長男は、幼い頃から父親の仕事を手伝っているという。

「ぜひ食べてみてください」。細見さんがそう言って厨房へ向かう。出汁と独自配合のスパイスが効いたカレースープがシチュー鍋で温められている。細見さんはナスを切り、フライパンで炒める。そこに、大きめにカットされスパイスに漬け込まれた鶏肉、下ゆでしたニンジンを加えると、ジュワーっと威勢のいい音が響く。隣の鍋からカレースープをお玉で注ぎ入れ、煮込んでいく。最後に出汁に漬け込んだ大根、下ゆでした菜花が加わり完成した。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

椀に入ったスープカレーの隣には白米、煮卵、レモンが添えられている。美しい一皿だ。カレーは、強めに利いた魚介出汁にスパイスの風味が重なり、深い味わいを醸し出す。細見さんは、「魚介出汁とともに、輪郭をつくるのに鶏、奥行きをつくるのに牛の出汁を合わせています」と説明する。ごろごろと入った野菜も鶏肉も食べ応え十分。カレーをご飯にかけるのではなく、ご飯をカレーにつけて食べるスタイルだ。途中でレモンをスープに搾ると、さわやかな味わいに変わる。

地元食材を最大限に生かす

スープカレーは、「チキン」「イノシシ」「ラム」の3種類。チキンとイノシシは地元産、ラムは輸入品を使う。野菜は季節に応じて旬のものを使用。種類とサイズによって1500~2200円のスープカレーには、前菜が付く。この日は、タチウオと新タマネギのカルパッチョ、イエローカレーのポテトサラダとパン、春キャベツのサラダ、イカスミソーセージ入りスペイン風オムレツの4品。イノシシのひき肉を使ったタコライスも、ここでしか味わえない貴重な一品だった。

「宇都宮と浜松のギョーザのように、本場の札幌と館山で互いに競い合いながら魅力を高め合う関係になりたい」。細見さんはそう語る。全国の人々や訪日外国人に注目され、スープカレーをラーメンや寿司に続く日本の代表グルメにしたいという夢を描いている。

大震災が転機に

アワカフェは2012年にオープンした。当初はバーだった。「人が出会い、集い、面白いことを生み出す場」という意味を込めて「カフェ」とした。ある日、バーで提供していたおでんの出汁が余ったため、スープカレーを出していた飲食店での経験を生かし、スープカレーを作って客に振る舞ったところ、大好評だった。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ

その後、育児との両立も考え、バーからカフェに業態を変更。2020年2月に館山スープカレーの提供を始めた。南房総では様々な野菜が栽培されている。新鮮でおいしい野菜を主役にした料理ができないかと考えた時、大きな野菜を盛りつける札幌のスープカレーが思い浮かんだという。北海道も千葉も野菜や肉の一大産地だ。コロナ禍でテイクアウト文化が広まったことで、細見さんのスープカレーは評判となり、飛ぶように売れた。

もともとアパレル業界で働き、東京で暮らしていた細見さんは、東日本大震災を機に仕事を通じて交流のあった館山に移住した。兵庫県西宮市出身の細見さんは、1995年の阪神・淡路大震災も経験している。「中学生の時でした。炊き出しで食べた、具がたくさん入った温かいシチューが忘れられません」。二度の大震災を経験し、災害に対する都市のもろさを痛感したことが、移住を決断させた。その後、2人の子どもに恵まれ、現在は家族4人で暮らしている。

「館山ブランド」に認定

館山スープカレーは今年、2025年度の「館山ブランド」6品の一つに認定された。館山市が市内や近隣の農水産物、加工品の魅力を広めるために始めた認定ブランドだ。館山スープカレーは、市のふるさと納税の返礼品にもなっている。

「今から一緒に仕入れに行きましょう」。細見さんの車に同乗して向かった先は、ジビエ肉店「館山ヴィルトファクトリー」。冷凍ケースには、イノシシやキョンの肉が並んでいた。

店頭で販売する梶山奈々さん(39)は、「私はわなの免許を持っていて、捕獲したイノシシを解体して販売しています」と話す。「新鮮なので臭みがないんですよ」と細見さんが付け加える。梶山さんと上田訓子さん(61)の母子が営む店では、地域の猟師たちが捕獲するイノシシなども含め、2人で解体・販売している。イノシシは地元で有害鳥獣に指定されているため年間を通じて捕獲でき、ジビエとして活用されている。館山産唐辛子を使ったタレにイノシシ肉を漬け込んだ同店の商品「猪のたれ」も今回、「館山ブランド」に認定された。

広がるつながり

「食事を提供しない宿に料理を届けたり、冷凍パックのスープカレーを通信販売したりしています」。細見さんが説明する。館山周辺では、貸別荘のように食事を提供しない宿がコロナ禍以降増え、利用者も多いという。細見さんは、そうした宿を管理する会社や個人と契約し、朝食を届けたり、夕食時に出向いて料理を作ったりしている。

夕食の締めに自慢のスープカレーを提供すると、後日、通信販売している冷凍パックの注文につながることも多い。交通の便が良いとはいえない立地ながら、こうした取り組みで顧客を広げてきた。細見さんは「お客さんとのつながりを大切にしていて、昭和っぽいけど年賀状も送ります」と笑う。

館山ブランド認定後は、地元農家とのつながりも広がりを見せている。細見さんは「急速冷凍機を持っている農家さんとも知り合いました。今はカレースープと肉の入った冷凍パックだけですが、今後は野菜も一緒に届けられるようになるかもしれません」と期待を寄せる。

札幌東方に位置する北海道由仁町の温泉宿泊施設「ユンニの湯」の売店で今月、館山スープカレーの販売が始まる予定だ。細見さんは食品イベントにも出店し、積極的に「館山スープカレー」をアピールしてきた。そんな場での出会いから生まれた縁だ。細見さんは「北海道とのつながりの第一歩です」と喜びを語る。

「開拓の神」に導かれて

細見さんは「食」だけにとどまらず、アパレルをはじめとする商品を展開するオリジナルブランド「PLUSH」も手がける。麻に着目した天然素材の高機能ウェアは人気商品だ。

安房神社には、開拓の神とされる天富命が、阿波(徳島)から忌部氏を率い、この地で良質の麻を開拓したという逸話が伝わる。細見さんは「20代から続けてきた麻のモノづくりが、ここにきてつながったことに縁を感じます」と言い、地元の縫製工場とも提携している。

「最初から『地域おこし』を考えているわけではありません。大事なのは、おいしいこと、良いものであること、そして満足してもらうこと。そのために地域の食材を選ぶことが結果として地域貢献につながると思っています」

開拓の神に導かれているかのように、細見さんは、この地の歴史や文化への理解、人とのつながりを深めながら、夢に向かって一歩ずつ確実に前進している。