植物と微生物の共生メカニズム解明が進む
作物の生育に不可欠な窒素肥料。大気の約8割を占める窒素ですが、植物は直接利用できず、アンモニアや硝酸などの化学物質として根から吸収しています。これが農業で窒素肥料が多用される理由です。しかし、この製造過程では大量の二酸化炭素が排出され、農地での過剰使用は環境汚染の原因にもなっています。
根粒共生の不思議な仕組み
マメ科植物など一部の種は、窒素肥料なしでも旺盛に成長します。その秘密は「根粒共生」と呼ばれる独自のシステムにあります。植物は根に「根粒」という器官を形成し、そこに根粒菌という微生物を住まわせます。根粒菌は大気中の窒素をアンモニアに変換して植物に供給し、植物は光合成で生成した炭水化物を根粒菌に提供します。まさに相互利益の共生関係が成立しているのです。
遺伝子レベルでの解明が進展
筑波大学生命環境系の壽崎拓哉教授と野﨑翔平助教らの研究チームは、この根粒共生能力が植物の進化過程でどのように獲得されたのか、遺伝子レベルでの解明を進めています。研究の鍵となるのが「NIN」と呼ばれるタンパク質です。NINはDNAの特定配列に結合し、根粒形成からアンモニア取り込みまでの一連の遺伝子発現を統括するマスター制御因子として機能しています。
研究チームはマメ科モデル植物のミヤコグサを用いた実験で、NINタンパク質のDNA結合ドメインに続く15個のアミノ酸からなる構造「NIN型FR」が、根粒共生に不可欠であることを発見しました。このFR部分を破壊したミヤコグサでは、正常な根粒共生が進行しなかったのです。
1億4千万年前からの遺伝子準備
さらに驚くべき発見がありました。異なる植物種間での遺伝子比較により、NIN型FRは約1億4千万年以上前から一部の植物に存在していたことが判明しました。根粒共生が始まったとされる約6千万年前よりもはるかに早い段階から、共生に必要な遺伝子が準備されていたことになります。
多くの植物にはNINとよく似た「NLP」というタンパク質が存在し、硝酸の取り込みなどに関わっています。今回の研究は、NINがNLPから進化する過程でFRが決定的な役割を果たしたことを示唆しています。つまり、根粒共生を行わない植物も、類似した遺伝子基盤を持っている可能性が高いのです。
持続可能な農業への応用期待
壽崎教授は「この研究成果を応用すれば、イネやムギなど主要穀物の遺伝子を改変し、根粒共生能力を持たせることが可能になるかもしれません」と語ります。実現すれば、窒素肥料に依存しない栽培が可能となり、農業における環境負荷を大幅に軽減できるでしょう。
現在の窒素肥料製造は化石燃料を原料とし、高温高圧下での化学反応を必要とします。この過程で排出される二酸化炭素は気候変動への影響が懸念されています。また、農地への過剰施肥による水質汚染も深刻な問題です。
「植物と微生物の共生を人為的に設計する合成生物学の発展に貢献したい」と壽崎教授は熱意を込めます。研究成果は、窒素肥料への依存を減らし、持続可能な農業の実現に向けた重要な一歩となるでしょう。環境配慮型農業への転換が、遺伝子研究の進展によって現実味を帯びてきています。



