群馬・高崎の「山ノ上西古墳」で門柱石の一部を発掘 石室開口部西側の詳細が明らかに
群馬・高崎の山ノ上西古墳で門柱石発掘 石室西側の構造判明

群馬・高崎の「山ノ上西古墳」で門柱石の一部を発掘 石室開口部西側の詳細が明らかに

群馬県高崎市教育委員会が2025年度から実施している市史跡「山ノ上西古墳」の発掘調査において、横穴式石室の開口部西側から門柱石の根元部分が発見されました。この発見により、1959年の群馬大学による調査で明らかになっていた東側に加え、西側の詳細な構造が初めて判明しました。

7世紀後半の古墳で確認された門柱石と前庭部

山ノ上西古墳は7世紀後半ごろに築造されたと推定される古墳で、7世紀中ごろの国特別史跡「山上碑及び古墳」(通称・山上古墳)の西約300メートルに位置しています。市教委によると、この古墳は尾根の南斜面を削って石室を設け、土を盛った「山寄せ式」の構造を持ち、現在は墳丘頂上部が陥没している状態です。

石室は南に開口部を持つ全長約6.5メートルの横穴式石室で、群馬大学の1959年の調査では、通路開口部から左右にあったとみられる門柱石(高さ約1メートル、幅約50センチ)のうち、東側の1基のみが確認されていました。また、前庭部には川原石を用いた石垣が築かれていたことも分かっていました。

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西側の門柱石がほぼ同規模で発見

今回の調査では、開口部西側で門柱石の根元部分が発見されました。上部は失われていましたが、東側の門柱石とほぼ同じ大きさであったと推測されます。さらに、東側と同様の前庭部も確認され、西側にも祭司空間とみられる構造が存在していたことが明らかになりました。

高崎市教委の担当者は「古墳の立地や石室の規模、構造などの特徴から、山上古墳と密接な関係があったと考えられます。山上古墳に続く古墳で、同じ一族の次の世代が築いた可能性が高いでしょう」と述べ、両古墳の関連性を強調しました。

今後の調査計画と現地説明会の開催

市教委では今後、古墳の範囲確認などを進め、より詳細な調査を実施する方針です。また、一般向けに現地の状況を公開するため、3月1日に現地説明会を開催することが決定しています。これは1959年以来となる本格的な発掘調査の成果を市民に直接伝える貴重な機会となるでしょう。

山ノ上西古墳の発掘調査は、古代群馬の埋葬文化や地域の歴史を解明する上で重要な手がかりを提供するものとして、考古学関係者から大きな注目を集めています。

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