兵庫・赤穂の山頂に前方後円墳 1700年前の築造か
兵庫県赤穂市教育委員会は、同市福浦の海岸線沿いの山頂部で前方後円墳を発見したと発表した。この古墳は約1700年前の古墳時代前期、4世紀頃に築かれたとみられ、岡山県などの吉備地域と播磨地域の境界付近で初めて確認された前方後円墳となる。発見は、当時のヤマト政権の勢力範囲を推定する上で重要な手がかりを提供するものだ。
詳細な調査結果と地理的重要性
古墳は標高74メートルの尾根上に位置し、全長44メートル。後円部の直径は28メートル、前方部の長さは17メートルと測定された。県が2023年に実施した航空レーザー測量による地形調査で古墳状の地形が発見され、今年1月から3か年計画で発掘調査が開始された。今回の調査では、前方部の一部と後円部との間のくびれ部が発掘され、古墳表面の装飾に使われる葺き石や基底石、盛り土が出土した。
特に、40~60センチの基底石が立て据えられており、古墳時代前期の築造技術の特徴を明確に示している。前方部からは土器片(長さ4センチ)1個も発見され、基底石を据えるための溝も確認されたことから、古墳の先端部が確定できた。この新たな古墳は、地名にちなんで「福浦黒鼻古墳」と命名された。
航路管理を担った人物の墓の可能性
前方後円墳は、墳墓の中でも格式が高く、ヤマト政権と密接な関係を持つ人物のみが築造を許されたとされる。市教育委員会は、この古墳がヤマト政権から瀬戸内海の航路管理を任されていた人物の墓である可能性を推測している。古墳時代が専門の岸本道昭・播磨学研究所事務局長は、「瀬戸内海の海上交通の要衝である室津(たつの市)と牛窓(岡山県瀬戸内市)の中間域に位置し、福浦地区が海路の要港として機能していたことを示唆する。明石海峡と鳴門海峡を一望できる地理的条件も、当時の重要性を物語っている」と指摘した。
今後の調査と現地説明会の開催
発掘調査は今後も継続され、古墳の全容解明が期待される。現地説明会は3月21日午後1時30分から開催され、定員50人。参加希望者は市教育委員会(電話:0791-43-6962)に3月18日までに申し込みが必要で、雨天の場合は3月22日に延期される。この発見は、古代日本の政治構造や海上交通網の理解を深める上で、貴重な考古学的資料となるだろう。



