広島原爆から70年経過も肺がん組織にウラン粒子 内部被ばくの新証拠
長崎大学大学院の七條和子客員研究員を中心とする研究グループが、広島原爆投下から70年後に死去した女性の肺がん組織から、原爆由来とみられるウラン粒子と放射線を検出した研究結果をまとめました。この発見は、長期間にわたる内部被ばくの影響を示す重要な証拠として注目されています。
オートラジオグラフィー法で検出されたアルファ線飛跡
研究グループは、女性が死亡した後に、肺の組織から放出される放射線を画像化するオートラジオグラフィー法を採用しました。この手法により、放射線の一種であるアルファ線が走る「飛跡」を明確に検出することに成功しています。
共同研究者である高辻俊宏・長崎大学名誉教授(放射線生物物理学)によれば、飛跡の長さや特性を詳細に分析した結果、アルファ線を放出している物質が広島原爆の核物質と同一のウラン235であることを確認しました。この発見は、原爆投下から数十年経過しても、体内に放射性物質が残留し続ける可能性を示唆しています。
「デスボール」と呼ばれる特異な細胞死滅現象
さらに研究グループは、ウラン粒子の周囲において、細胞が球体状に死滅している特異な現象を観察しました。この現象は「デスボール」と命名され、内部被ばくによる組織損傷の直接的な証拠として位置付けられています。
七條客員研究員は「デスボールの形成は、放射性粒子が長期間にわたり生体組織に影響を与え続けた結果と考えられる」と指摘し、内部被ばくのメカニズム解明に向けた重要な手がかりになると強調しました。
被爆女性の経歴と健康状態
研究対象となった女性は、広島に原爆が投下された1945年8月9日の3日後、当時8歳で市内に入り被爆しました。その後、78歳で咽頭がんにより死亡し、剖検の結果、肺がんも併発していたことが判明しています。
この事例は、幼少期に被爆した個人が、高齢期に至るまで放射性物質の影響を受け続ける可能性を浮き彫りにしました。研究グループは、被爆から70年という長い歳月を経てなお、体内に残留したウラン粒子が健康被害に寄与した可能性を考察しています。
内部被ばくを巡る社会的背景と政策的含意
内部被ばく問題については、長崎県においても、国の援護区域外で原爆に遭った「被爆体験者」たちが、さまざまな健康被害を訴え続けています。今回の研究成果は、こうした訴えを科学的に裏付けるデータとして重要な意味を持ちます。
国際科学誌に発表された本研究成果は、原爆被害の長期的な健康影響に関する理解を深めるとともに、被爆者援護政策の見直しを促す材料となることが期待されています。研究グループは、今後も同様の事例を調査し、内部被ばくの実態解明を進めていく方針を示しました。



