「北海道をなまら元気に!」プロレスで地域貢献、NPO法人に組織変更
プロレスで地域貢献、NPO法人に組織変更 河原理事長

2004年から北海道内全域で活動してきたプロレス団体「北都プロレス」は4月、地域社会への貢献をさらに深めるため、NPO法人「北都プロレス北海道」に組織変更した。新代表として理事長に就任した河原成幸さん(33)は、「北海道にあり続けてきた団体にしかできない価値提供がある。道民の皆さんを元気にする集団でありたい」と意気込む。

プロレスラーへの夢

札幌市出身の河原さんは、小学5年の冬にテレビで見たアメリカのプロレス団体「WWE」に魅せられた。中学に入る頃には「プロレスラーになり、WWEのリングに上がること」が将来の夢になっていた。自宅にリングを手作りし、飛び技などを繰り出す自身の動画を北都プロレスに送った。当時の代表だったクレイン中條さん(76)からは「まずは高校に行きなさい」「このご時世なので大学は行ってほしい」との助言を受け、素直に従い札幌工業高校を卒業後、北海学園大学に進学した。

しかし、早くプロ入りしたい気持ちは変わらず、大学を休学して北都プロレスに練習生として入門。猛練習を重ね、2012年12月にデビューした。

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米国での経験

23歳で単身渡米し、WWEの救急班をボランティアで務め、ローカル団体のリングにも上がって経験を積んだ。4年に及ぶ武者修行の中で、米国のプロレスラーがリング上で戦うだけでなく、子供向けのクリスマスイベントやプロレス教室などを通じて社会貢献していることを知った。

しかし、自身のけがやコロナ禍もあり、2022年7月に北都プロレスを退団。一度はプロレスから離れ、オーストラリアのバナナ農園などで働いていた。そんなとき、中條さんから国際電話がかかってきた。70歳代を迎え、体力の限界を感じている様子だった。「今までありがとうね」という弱気な声に、このままでは北都プロレスの歴史が途絶えてしまうかもしれないと危機感を抱いた。

同じ頃、親交のある選手がいる九州プロレス(福岡市)について調べる機会があった。九州プロレスは2007年に誕生したNPO法人で、北都プロレスと同じように青少年健全育成や施設訪問などに力を入れていることを知った。NPO法人になれば社会的信用も高まり、地元企業・団体や行政と組んで活動しやすくなるはずだ。河原さんは「NPO法人にするという方法もある。まだまだ頑張れますよ」と中條さんを励ました。昨年3月、マーケティング部マネジャーとして古巣に戻り、NPO法人化の準備を進めた。

北海道への決意

北海道のために働く覚悟を示すため、団体名に「北海道」を加えた。スローガンは「北海道をなまら元気に!」。学校や福祉施設、児童養護施設を訪問し、講話や体験型イベントなどを展開する。根底にあるのは、米国で目にしたプロレスの姿だ。

ゆくゆくは道場を常設し、リングを憩いの場として地域住民に開放したい。お年寄りが歓談し、プロレス教室に通う子供たちには笑顔があふれる。そんな空間を思い描く。創始者の中條さんが築き上げてきたものも大切に受け継ぐ。「古き良き娯楽のプロレス文化をどう残していくか。20年、30年先も北海道に必要とされる団体をつくっていく」と決意は固い。

河原さんは1992年生まれ。多忙な日々の中でも、趣味の映画や舞台、サーカスなどの鑑賞は欠かさない。プロレスの概念にとらわれない「面白いエンターテインメント」をいかに提供するか考える時間が楽しいという。北都プロレス所属の覆面レスラー「クレインマスク・アンビシャス」によく似ているといわれる。

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