鈴木孝政、寝坊で時差出勤!飲みに誘った年上同期の正体とは?
中日ドラゴンズの元投手・鈴木孝政(69)が現役時代に経験した、思わず苦笑いの珍エピソードを振り返る。舞台は静岡県・島田球場。1980年10月18日、すでに広島のリーグ優勝が決まった後の消化試合だった。
前夜のナイター後、年上選手に誘われて
前夜は東京都内でのナイターがあった。試合後、ある年上の選手に「おまえに会いたがっている人がいるから、一緒に飲みに行こう」と誘われた。鈴木は付き合いで一杯やり、宿舎に戻って就寝した。ところが翌朝、目を覚ますとフロアには誰もいない。なんと寝坊して、チームに置いていかれたのだ。
「少しは気にしてほしいよね。『タカマサがいない』って。でもプロ野球チームのバスは行っちゃう。点呼なんかしないから」と鈴木は苦笑する。
新幹線で追いかけ、島田球場に到着
慌てて新幹線に飛び乗り、チームを追いかける。最寄り駅に着くと、偶然取材に来ていた旧知の放送関係者と会い、タクシーに同乗させてもらい、何とか試合に間に合った。
この顛末は中日スポーツの紙面に「時差出勤? タカマサ」の見出しで記録された。宿舎のロビーに背番号29のユニホームだけが残され、後輩たちから「やっぱりリリーフ投手だよ、アイツは。出番は試合の後半だから、時差出勤をしてる」といじられたという。
年上選手の正体は?
「ほとんど一緒に飲んだことないもん、その人と。それにナイターの後だったから『えっ、今から?』と思ったけど、まあ誘われたからね。それに同期入団だったし。いつもパイプくわえていて。キセルじゃなくてパイプだよ。そう、おしゃれでダンディー。煙がいいにおいだったなあ」
このヒントで長年のファンならピンとくるはず。その年上選手とは、中日で活躍した星野仙一氏(故人)である。星野氏はパイプをくわえる姿がトレードマークで、鈴木とは同期入団(1969年)だった。
試合では無失点で締めくくる
肝心の試合では、3点リードの九回に登板。2安打を浴びながらも無失点で抑え、12セーブ目を挙げた。これが当シーズンの最終マウンドとなった。
鈴木孝政は1970年から1986年まで中日一筋でプレーし、通算155セーブを記録。リリーフ投手として活躍した。
(敬称略)



